新型iPhoneはほとんどの国と地域でNano SIMとeSIMのデュアルSIMだが、iPhone XS MaxとiPhone XRは中国本土版、香港版、マカオ版のみNano SIMが2つのデュアルSIMとなる。実質的に
「中国」専用仕様を用意したと言える。これには、大きく分けて2つの背景が考えられる。
第一に中国本土ではデュアルSIMの需要が極めて高い。日本では基本的にNTTドコモ、KDDI、ソフトバンクはシングルSIMのスマホを販売することから分かるように、日本の大手通信事業者はデュアルSIMを歓迎しない。Appleは新型iPhoneのeSIMに対応する通信事業者を公表したが、そこに日本の通信事業者はない。ソフトバンクは対応する予定というが、
NTTドコモとKDDIは未定だという。そのため、先述したように現時点では海外の通信事業者を契約する場合を除き、日本ではデュアルSIMの恩恵を受けることはできない。eSIMに対応するとNano SIMの方を低廉な他社で使われる懸念もあり、大手通信事業者としてはあまり積極的になれないのだろう。
大手通信事業者がデュアルSIMを好まない事情は日本限定ではないが、中国本土では異なる。中国本土の通信事業者が販売する自社ブランドのスマホもあえてデュアルSIMに対応させるなど、中国本土ではもはや標準の機能だ。同一の通信事業者で複数のプランの併用や複数の通信事業者の併用などデュアルSIMは一般的に使われる。さらに香港やマカオでは双方および中国本土と人的往来が活発で、2つの国と地域のSIMカードを併用することも少なくない。このようにデュアルSIMの需要が極めて高く、ようやくほかのスマホと同じようにデュアルSIMを活用できることになったのである。
もうひとつは規制の問題だ。中国本土では2016年後半より保安上の観点などからSIMカードの利用に係る規制を厳格化した。加入時に身分証明書の提示による本人確認と実名登録を義務化し、さらに中国本土からみて外国人には顔写真の撮影も要求している。顔写真を撮影して登録するシステムが配備されていない営業所では外国人の受け付けを断るなど、正規の営業所では厳格に適用している。
こうして規制を厳格化した中国本土では、遠隔でプロファイルを書き換えることは規制上の観点から問題となる可能性がある。もっとも中国本土の通信事業者側が新型iPhoneのeSIMに対応しない限り、新型iPhone側でeSIMが有効でも中国本土でeSIMを利用して加入できることはないが、規制を考慮してeSIMを適用しない判断を下したようだ。その根拠として中国本土版のiPhone XSのみシングルSIMとなることを挙げたい。本来なら中国本土版は3機種ともNano SIMが2つのデュアルSIMに対応させたかったのではないだろうか。iPhone XSの本体は3機種のうち最も小型で、サイズの制約から難しかった可能性がある。そして、規制の都合からeSIMを省いてシングルSIMで投入すると推察している。また、11インチiPad Proと12.9インチiPad ProのWi-Fi + Cellularモデルも中国本土版のみeSIMを削除して販売する。
ほかに、Apple Watch Series 3およびApple Watch Series 4のGPS + CellularモデルもeSIMに対応する。新型iPhoneのeSIMとは仕組みや条件が異なり、決して同一視はできないが、中国本土では規制が影響してApple Watch Series 3のGPS + CellularモデルではeSIMを利用したサービスの一時中断や大幅な延期など苦い経験がある。Appleはそれも念頭に中国本土版の新型iPhoneではeSIMを避けたのではないだろうか。
一方、香港とマカオではiPhone XSはeSIMとNano SIMのデュアルSIMとなる。香港やマカオも中国の一部だが、特別行政区の位置付けで電気通信行政は中国本土から独立しており、実質的にそれぞれ1の独立国に近い解釈で問題ない。中国本土ほど規制が厳しくない香港やマカオではeSIMを削除する必要はないと判断したのだろう。
Appleは中国本土を重視しており、直営小売店のApple Storeは米国に次いで店舗数が多く、アジア最大級のApple Storeも中国本土にある。おそらくAppleも中国本土の厳格で複雑な規制は厄介と感じているだろうが、実質的な専用仕様や規制に対する慎重な配慮は中国本土を重視する姿勢の表れと言えそうだ。
アジア最大級のApple StoreとなるApple 西湖(中国・浙江省杭州市)
<取材・文・撮影/田村和輝>
たむらかずてる●国内外の移動体通信及び端末に関する最新情報に精通。端末や電波を求めて海外にも足を運ぶ