「上司がクサイ」は指摘すべきか? 部下としてとるべき道は――【仕事に効く時代小説】『銀二貫』(高田郁)

銀二貫

高田 郁/銀二貫

「クサイ」はツラい。それが、日常の大半をともに過ごす“職場の誰か”のニオイとなると、なおさらだ。  ドクターシーラボが実施した「スメルハラスメントについての調査」(男性240名、女性239名)によると、2人に1人が「職場の上司・同僚・部下の中で、ニオイが気になる人がいる」と答えた。しかも、8割以上が「近くを通るとすぐわかる」という。  ニオイを指摘するのは難しい。とはいえ、鼻をつまんでやりすごすのも考えものだ。一定以上のクサさは「だらしない」「自己管理ができない」といったマイナスイメージに直結する。つまり、会社全体の評判を下げるリスクもはらんでいる。そう考えると、仮に一時的に恨まれたとしても、ニオイの問題があることを自覚してもらう必要があるのだ。  仇討ちで父を亡くした少年が商人に引き取られ、一人前に成長していく姿を描いた『銀二貫』(高田郁/幻冬舎時代小説文庫)。この作品に登場する大阪・天満の寒天問屋の主人・和助は次のように語る。 「商人が何よりも大事にせなあかんのは、他人さんの自分に対する信用とは違う。暖簾に対する信用なんや。奉公人が己の信用を守るために実を通して暖簾に傷がつくのんと、己の信用は無うなっても、暖簾に対する信用が揺るがんのと、どっちが商人としてまっとうか、よう考えてみ」 「商人」を“ビジネスマン”、「暖簾に対する信用」を“会社に対する信用”と置き換えると、イメージしやすい。ニオイを指摘することで上司は不機嫌になるかもしれないし、疎まれるかもしれない。しかし、自分の身を守るために口をつぐむより、悪者になる覚悟で働きかけ、会社の信用を守るほうが“まっとう”だと、和助は示唆する。  もっとも、何でもかんでまっすぐにぶつかればいいというわけではない。主人公・松吉は恩義ある料理屋の看板料理が勝手に模倣されたことに腹をたて、殴り込みに行こうとして止められる。和助曰く「喧嘩は無駄に腹が減るさかい、止めとくこっちゃ」。さらに、こう続ける。 「人にはそれぞれ決着のつけ方、いうものがある。刀で決着をつけるのはお侍。算盤で決着をつけるのが商人。刀で命の遣り取りして決着つけるのが侍なら、知恵と才覚とを絞って商いの上で決着をつけるのが商人なんや。(中略)商人にとって一番恥ずかしいのは、決着のつけ方を間違うことなんやで」 「会社のため」「仕事の成功のため」といくら大義名分を掲げても、その場しのぎの思いつきで行動しては決着のつけ方を間違いかねない。理不尽な目に遭ってもにこやかに対応するのか、あるいは舌鋒鋭く切り込むのか。策は無数にあるからこそ、知恵と才覚を絞り、選び抜く必要がある。トラブルを首尾良く回避するには「仕事人としての決着のつけかた」を日頃から意識しておくことが大切なのだ。 <文・島影真奈美> <プロフィール> しまかげ・まなみ/フリーのライター&編集。モテ・非モテ問題から資産運用まで幅広いジャンルを手がける。共著に『オンナの[建前⇔本音]翻訳辞典』シリーズ(扶桑社)。『定年後の暮らしとお金の基礎知識2014』(扶桑社)『レベル別冷え退治バイブル』(同)ほか、多数の書籍・ムックを手がける。12歳で司馬遼太郎の『新選組血風録』『燃えよ剣』にハマリ、全作品を読破。以来、藤沢周平に山田風太郎、岡本綺堂、隆慶一郎、浅田次郎、山本一力、宮部みゆき、朝井まかて、和田竜と新旧時代小説を読みあさる。書籍や雑誌、マンガの月間消費量は150冊以上。マンガ大賞選考委員でもある。
銀二貫

現代にも通じる時代小説

ハッシュタグ
バナー 日本を壊した安倍政権
新着記事

ハーバービジネスオンライン編集部からのお知らせ

政治・経済

コロナ禍でむしろ沁みる「全員悪人」の祭典。映画『ジェントルメン』の魅力

カルチャー・スポーツ

頻発する「検索汚染」とキーワードによる検索の限界

社会

ロンドン再封鎖16週目。最終回・英国社会は「新たな段階」に。<入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns>

国際

仮想通貨は“仮想”な存在なのか? 拡大する現実世界への影響

政治・経済

漫画『進撃の巨人』で政治のエッセンスを。 良質なエンターテイメントは「政治離れ」の処方箋

カルチャー・スポーツ

上司の「応援」なんて部下には響かない!? 今すぐ職場に導入するべきモチベーションアップの方法

社会

64bitへのWindowsの流れ。そして、32bit版Windowsの終焉

社会

再び訪れる「就職氷河期」。縁故優遇政権を終わらせるのは今

政治・経済

微表情研究の世界的権威に聞いた、AI表情分析技術の展望

社会

PDFの生みの親、チャールズ・ゲシキ氏死去。その技術と歴史を振り返る

社会

新年度で登場した「どうしてもソリが合わない同僚」と付き合う方法

社会

マンガでわかる「ウイルスの変異」ってなに?

社会

アンソニー・ホプキンスのオスカー受賞は「番狂わせ」なんかじゃない! 映画『ファーザー』のここが凄い

カルチャー・スポーツ

ネットで話題の「陰謀論チャート」を徹底解説&日本語訳してみた

社会

ロンドン再封鎖15週目。肥満やペットに現れ出したニューノーマル社会の歪み<入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns>

社会

「ケーキの出前」に「高級ブランドのサブスク」も――コロナ禍のなか「進化」する百貨店

政治・経済

「高度外国人材」という言葉に潜む欺瞞と、日本が搾取し依存する圧倒的多数の外国人労働者の実像とは?

社会