しかし、問題はそれほど簡単ではない。「構造上は300km/hを超えて走っても問題はない」と話す関係者もいるものの、整備新幹線の線路や路盤などの設備は260km/h運転を想定して建設された。実際に300km/h以上で運転をするならば、改めて構造上問題がないかどうかを確認したり、沿線への騒音・振動被害への調査対策も必要となる。もちろん保線コストも上昇するだろう。JR側がそこにメリットを感じるかどうか。
「北陸新幹線のように急勾配やカーブが多い路線では300km/h運転はそもそも現実的でありません。東京~金沢間は現状でも約2時間半で結んでおり、航空機からシェアを奪うなど競争力も充分です。東北新幹線についても、利用者がもっとも集中しているのは東京~仙台・盛岡。利用者がぐんと減る盛岡以北で高額のコストを負担してまで320km/h運転をするメリットがあるかどうかは、怪しいところです」(前出・境氏)
こうして考えると、“最高速度アップ”を交換条件にしたとしても機構側の使用料値上げをJR側が簡単に飲むとは言えないようだ。さらに問題はまだまだある。
「第一に、建設中・今後建設予定の新幹線路線は、比較的ニーズが小さい路線。新幹線のなかのローカル線とでも言いましょうか。北陸新幹線では金沢から大阪までつながれば一気に需要が増えると思いますが、“予算不足”で敦賀~大阪は着工のめどすらたたない状況。北海道新幹線も函館と札幌が結ばれたとしても、この両都市はもとから交流は少ないですし、JR北海道の経営危機を救うほどの効果は考えにくい。こうした“採算性が怪しい”新規新幹線を引き受けさせられるうえに、使用料まで値上げとなれば、JRサイドにすれば単に経営リスクが増すだけになりかねないですから」
さらに言えば、新幹線の新規建設は“政治”にとかく翻弄されがちだ。地方創生の名のもとに勢いづく地方都市が「おらが町に新幹線を」と意気込めば、与野党ともに政治家たちは「一刻も早く新幹線を」と呼応する。そして“我田引鉄”の綱引きを経て決定したルートのもとで、JRはお金を払って運行せざるを得ないのだ。あげくに並行する在来線を第三セクター化しようとすれば、「公共交通を担うものとしての責任を」などと批判される。
「JR側がすべて正しいとは言いません。民営化の趣旨からすれば、関連事業で収益を上げたらその一部は不採算のローカル線維持や利便性向上に回すべきなのは当たり前。国鉄時代は関連事業が民業圧迫になるので自由にできなかったわけですから。でも、最近は『大赤字のローカル線は切るしかない』という風潮になっており、これには違和感を覚えます。ただ、新規路線に関しては話が違う。国鉄の赤字が拡大した理由のひとつに、赤字確実の超ローカル線をどんどん建設して押しつけていったことが挙げられます。新規新幹線はそれと似たような構図にも見えなくもありません」
現在工事中、もしくは建設が決定している路線は北陸・長崎・北海道のみ。だが、九州東部や山陰、四国、東北地方の日本海側などで新幹線建設を求める声はいまだ強い。これらが「地方創生」のかけ声のもとで万が一実現してしまったら……。採算ギリギリの新幹線を建設してJRには公共交通機関としての責任を盾に高値で貸し付け、そして最後は経営が傾く……。そんな未来が待っていないとも限らない。
整備新幹線建設予算の不足を「線路使用料値上げ」で補ってすますのではなく、「コストに見合うメリットが得られるのかを立ち止まって考える」キッカケにするほうが、人口減少時代にはふさわしいのではないだろうか。
<取材・文/HBO編集部>