『新潮45』が生み出された社会。~反戦後民主主義者の主戦場となっている書店の平台

 新潮社は、LGBTへの差別と偏見を煽る『新潮45』10月号(9月発売)の特別特集記事への大きな非難を受け、9月25日に『新潮45』休刊を決めた。  発端は『新潮45』8月号(7月発売)に掲載された杉田水脈衆議院議員の文章に「LGBTには生産性がない」との表現があったことだ。これは多くに人々の顰蹙を買い、永田町の自民党本部は抗議をする人々に取り囲まれた。自民党は抗議に応えるかたちで杉田議員を指導したと発表。不十分な措置とは言え、自民党が杉田議員への自重を求める措置をとったことで杉田発言は一応の終息を見せるかに見えた。  が、同誌は10月号(9月発売)で「特別企画 そんなにおかしいか「杉田水脈」論文」と銘打つ特集を組み、一旦は沈静化した非難を再燃させた。非難の矛先は杉田議員を擁護した小川榮太郎氏の「政治は「生きづらさ」という主観を救えない」と題した文書へ向けられた。この文章は性的指向と性的嗜好を混同した俗悪極まりないものだ。非難は小川榮太郎個人にとどまらず、発行元の新潮社にも向けられた。  小田嶋隆氏は日経ビジネスオンラインの連載で、「新潮45はなぜ炎上への道を爆走したか」と題し、今回の事案が「総理案件」であったことを指摘している。確かに、杉田水脈衆議議員も小川榮太郎氏も安倍晋三総理と極めて近い関係を持っている。  また毎日新聞は今年4月に『新潮45』が2018年1月号から『WILL』や『HANADA』と言った極右雑誌と似通った内容になったことを報じている(参照:新潮45“右寄り”に活路 「部数減で炎上商法」指摘も 毎日新聞)。  ここでは『新潮45』10月号の特別企画が登場するまでの書店店頭を中心とした出来事を改めて辿ってみようと思う。

すでに「表現弾圧」されていたリベラル系書籍

 2000年代に入って書店の店頭には嫌韓本・反中本が氾濫し始めた。  いわゆる「戦後」=1945年以後の昭和中期、昭和後期に、多くの読者を安定的に集めてきた日本の戦争責任や軍国主義を批判的に扱った書籍が「偏向」の名で非難を浴びる一方で、隣国への敵意と侮蔑、偏見をあおる嫌韓本、反中国本は書店店頭に氾濫し始めたのだ。  例えば、’12年前後には、漫画「はだしのゲン」が暴力的場面があるということを理由に図書館の書架から取り除かれることが頻発した。  また、2015年の安保法制が国会で審議されたおりには、安保法制に反対する学生グループが発表したシールズ選書を並べた書店は「偏向している」と非難を浴び店頭の書籍を選びなおすという事態になった。  その一方で、2017年にはケント・ギルバート「儒教に支配された中国人と韓国人」(講談社α新書)が、新書売り上げの1位を記録するまでになった。折しも、日本政府はしきりに北朝鮮のミサイルの脅威を語り、実効性が疑われる防災訓練が全国で繰り返されていた時期だ。  小川榮太郎『徹底検証「森友・加計事件」――朝日新聞による戦後最大級の報道犯罪』(飛鳥新社)が発行されたのは、衆議院選挙が実施された’17年10月のことだ、この本は後に朝日新聞から名誉棄損で提訴され、係争中だ。  そして、同年の年末。『新潮45』が『WILL』や『HANADA』と似た内容の特集を組み始めた。毎日新聞は2018年1月号から“転向”したと指摘しているが、1月号の発売は前年の12月である。2018年1号(12月発売)の特集は「開戦前夜の『戦争論』」で、新年号とは思えない物騒なタイトルだが、日米開戦のあった12月に書店店頭に並んでいることを考えれば、それなりのタイトルではある。執筆者はケント・ギルバード、橋爪大三郎、などとなっている。
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極右路線「新潮45」が辿った道
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