追悼・国友やすゆき先生。インタビュアー、真実一郎が語る「男たちの欲望を描き続けた稀代の漫画家」

バブル期の出版社社員を描いた名作『JUNK BOY』(双葉社刊)

 この30年あまりの間、国友やすゆき先生の漫画の連載は途切れること無く続いていた。毎週必ず、どこかの週刊誌で国友作品を読むことが出来た。昨年インタビューさせていただいた時、「ずっと休まず描いてきて、さすがに体がボロボロになっているので、描く量を少しずつ減らしていって、今ようやく週10ページしか描かないでいい状況になったんだよね」と仰っていたけれど、衰えは全く感じられなかった。まだ65歳。あまりに突然すぎる訃報だ。  早稲田大学卒業後すぐにプロの漫画家としてデビューした国友先生は、10年近く少年劇画を描いた後に、‘85年の『JUNK BOY』の大ヒットによって人気作家の仲間入りを果たした。バブル景気真っただ中に描かれたこの作品は、華やかで自由なマスメディアの職場を舞台に、遊ぶように働けた時代のギラギラと迸る欲望を見事に描き出し、「バブルと寝た作品」とまで評された。  その後、バブル崩壊後の’94年には『100億の男』を発表。呑気なサラリーマンが突然巨額の借金を背負うことで非情なビジネス戦士に変貌していく姿を通して、来るべき「失われた20年」の新自由主義的サバイバル状況を鋭く予見した。‘97年に連載を開始した『幸せの時間』は、幸福な家庭を築いたものの出来心で不倫をしたことから運命を狂わせていく中年男の物語で、’12年にドラマ化されて話題を呼んだことも記憶に新しい。  国友作品は常に、時代に寄り添いながら「男の欲望」を赤裸々に描き続けてきた。バブル期の性欲まみれの上昇欲求、ポストバブルの生存欲求、そして中年男の煩悩。それは往年の大衆文学のようでもあり、評論家が正面から論じる類の作風ではなかったけれど、同時代を生きた男たちの心の栞として、確実に記憶に刻まれている。  昨年のインタビューの最後、国友先生はこう語っていた。 「もう国友やすゆきという名前での漫画仕事は辞めちゃいたいんです。でも物語を作ることには興味があるので、原作とかやってみたいな。それも、自分が描くと言ったら絶対描かせてもらえないようなもの、それを原作で描けないかなあ、と。名前を変えて、ゼロから新人で。それが通用するのかどうかを試してみたい。コケても問題ないので。来年から年金もらう年なので(笑)。自分がこれまでやってきて商売になってきたものは、もういいかなって」  男たちの欲望を描き続けて大衆を楽しませてきたエンターテイナーが、商業主義を捨てて無名の存在に戻るとき、どのように自分の欲望を描くのか。それを見届けたいという欲望は、もう叶わなくなってしまった。 <文/真実一郎> 【真実一郎(しんじつ・いちろう)】 サラリーマン、ブロガー。雑誌『週刊SPA!』、ウェブメディア「ハーバービジネスオンライン」などにて漫画、世相、アイドルを分析するコラムを連載。著書に『サラリーマン漫画の戦後史』(新書y)がある
サラリーマン、ブロガー。雑誌『週刊SPA!』、ウェブメディア「ハーバービジネスオンライン」などにて漫画、世相、アイドルを分析するコラムを連載。著書に『サラリーマン漫画の戦後史』(新書y)がある
バナー 日本を壊した安倍政権
新着記事

ハーバービジネスオンライン編集部からのお知らせ

政治・経済

コロナ禍でむしろ沁みる「全員悪人」の祭典。映画『ジェントルメン』の魅力

カルチャー・スポーツ

頻発する「検索汚染」とキーワードによる検索の限界

社会

ロンドン再封鎖16週目。最終回・英国社会は「新たな段階」に。<入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns>

国際

仮想通貨は“仮想”な存在なのか? 拡大する現実世界への影響

政治・経済

漫画『進撃の巨人』で政治のエッセンスを。 良質なエンターテイメントは「政治離れ」の処方箋

カルチャー・スポーツ

上司の「応援」なんて部下には響かない!? 今すぐ職場に導入するべきモチベーションアップの方法

社会

64bitへのWindowsの流れ。そして、32bit版Windowsの終焉

社会

再び訪れる「就職氷河期」。縁故優遇政権を終わらせるのは今

政治・経済

微表情研究の世界的権威に聞いた、AI表情分析技術の展望

社会

PDFの生みの親、チャールズ・ゲシキ氏死去。その技術と歴史を振り返る

社会

新年度で登場した「どうしてもソリが合わない同僚」と付き合う方法

社会

マンガでわかる「ウイルスの変異」ってなに?

社会

アンソニー・ホプキンスのオスカー受賞は「番狂わせ」なんかじゃない! 映画『ファーザー』のここが凄い

カルチャー・スポーツ

ネットで話題の「陰謀論チャート」を徹底解説&日本語訳してみた

社会

ロンドン再封鎖15週目。肥満やペットに現れ出したニューノーマル社会の歪み<入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns>

社会

「ケーキの出前」に「高級ブランドのサブスク」も――コロナ禍のなか「進化」する百貨店

政治・経済

「高度外国人材」という言葉に潜む欺瞞と、日本が搾取し依存する圧倒的多数の外国人労働者の実像とは?

社会