誰に投票していいのか分からない、あるいはもっとマシな政党・候補者を求める有権者に対し、日本国憲法では
「被選挙権」を保障しています。
適切な候補者がいないならば、自ら立候補するなり誰かに立候補を促すなり、自分で投票先を確保してくださいということです。
実際には、様々な事情が被選挙権の行使を阻み、立候補には至りません。家庭や仕事との関係だったり、世間体だったり、他の候補者とのしがらみだったり、選挙資金のめどだったり。個人的な事情までは、政治制度でどうにかできるものはありませんが、制度に由来する事情であれば、それを解消することで立候補(自ら選択肢をつくること)をスムーズにします。
立候補に際して、もっとも物理的な壁として立ちはだかるのが「供託金」です。供託金とは、立候補手続の際に、選挙管理委員会(実際には法務局)に預けるおカネです。供託金がなければ、国政選挙には立候補できません。市民マラソンなどのエントリー料金のようなものです。
国政選挙における供託金の金額は、衆議院選挙、参議院選挙ともに、
選挙区では1人300万円、比例区では1人600万円です。例えば、ある有権者が自分の選挙区で投票したい候補者が出なさそうだということで立候補しようとすれば、300万円の現金を用意しなければならないということです。
ちなみに、現職国会議員でない有権者が新たな政党をつくって比例区で立候補する場合は、一定数の候補者を立てなければ比例区にエントリーできない仕組みになっています。衆議院の比例区では、定数の10分の2以上の候補者、参議院の比例区では、10人以上の候補者が必要です。例えば、衆議院東京比例区の場合、定数17なので、最低でも4人の候補者が必要となり、供託金は2,400万円を要します。参議院比例区の場合は、10人分の供託金6,000万円が必要です。なお、政党要件を満たす政党は、一定数の候補者を立てる必要はありません。
供託金は、選挙で一定の得票等を得ると返してもらえますが、そうでないと没収されます。没収ラインを「供託金没収点」と呼び、選挙ごとに異なります。衆議院の選挙区では、投票総数の10分の1より多く得票すると返してもらえ、少ないと没収です。参議院の選挙区は、投票総数を定数で割り、それをさらに8で割った数が、供託金没収点です。比例区は、原則として1人当選すると、2人分の供託金が返されます。
つまり、
どれだけ得票するのか、選挙をやってみないと分からない候補者や政党は、供託金が没収される覚悟で立候補することになります。安い金額の小選挙区ですら300万円かかるわけです。少なくとも300万円をドブに捨てる覚悟がなければ、国政選挙での被選挙権を行使できないわけです(実際には没収された供託金は国庫へ行きます)。
供託金を設けている理由について、総務省と文部科学省が高校生向けに作成した『
私たちが拓く日本の未来』には、次のように説明されています。
“選挙で供託金を用意するのは,売名などの理由で無責任に立候補することがないよう、慎重な決断を期待しているからです。”
この説明を読むと、いくつかの疑問が生まれます。
●
なぜ、被選挙権の行使に際して「慎重な決断」が、必要なのでしょうか? そもそも「慎重な決断」とは、どのようなものでしょうか?
●「慎重な決断」が必要だとしても、それは供託金のような
おカネで担保すべきものでしょうか? 有権者の一定数の推薦署名など、おカネ以外の別の方法で担保できないのでしょうか?
●おカネで「慎重な決断」を担保するとしても、その金額は300万円あるいは600万円と、多くの有権者にとって、一年ないし二年分の
年収に相当するような額でいいのでしょうか?
「おカネ持ちで、供託金をポンと出せる人ならば、慎重な決断をせずに、売名などの理由で無責任に立候補できるけど、いいの?」高校生からこんな疑問が出されたら、どう答えたらいいでしょう。
つまり、
供託金は、候補者という選択肢の段階で、高所得者の意見を反映しやすい方向へ、民意をデフォルメする役割を果たしています。現行の供託金制度は、中・低所得の有権者の立候補を阻止する効果しかないからです。
次回、大組織に有利となってしまう選挙運動ルールについては近日公開予定です。
【短期集中連載】なぜ政治へのあきらめが生まれるのか? 民意をデフォルメする国会5重の壁 第1回
<文/田中信一郎>
たなかしんいちろう●千葉商科大学特別客員准教授、博士(政治学)。著書に『
国会質問制度の研究~質問主意書1890-2007』(日本出版ネットワーク)。また、『
緊急出版! 枝野幸男、魂の3時間大演説 「安倍政権が不信任に足る7つの理由」』(扶桑社)では法政大の上西充子教授とともに解説を寄せている。国会・行政に関する解説をわかりやすい言葉でツイートしている。Twitter ID/
@TanakaShinsyu