北海道胆振東部地震「泊原発が動いていれば停電はなかった」論はなぜ「完全に間違い」なのか

動いていてもブラックアウトは起きていた

 次に、仮に泊発電所が適合性審査に合格していて、3号炉が運転中だった場合、どうでしょうか。泊発電所3号炉はどのような炉でしょうか。 泊発電所3号炉 ・第二次改良標準化加圧水型原子炉(耐寒特別仕様) ・ループ数 3 ・電気出力 912MWe ・運転開始 2009年12月22日 ・建設 三菱重工(ウエスチングハウス系)  PWRとしてもたいへんに手ごろで使いやすい炉で、日本の第二世代型(2G)原子炉としては決定版と言っても良い、優れた原子炉と言えます。運開日が今は亡きソ連邦原子力産業記念日であることもあって私のお気に入りの原子炉です。(チェルノブイル4号炉の運開日なので、普通は避けると思いますが……)  今回の地震は、3時8分と言う需要が最も少ない時間に発生しており、この時間の電力需要は3GWe前後、日中の最大需要が3.8GWeと推測されます。  ここで震源から至近距離にある苫東厚真発電所2号機4号機(石炭火力600MWe, 700MWe)合計1.3GWeが緊急停止しました。負荷(需要)の40%を超える発電機が脱落したため、送電網は過負荷となり、周波数が限界を超えて低下した為、遮断器が自動動作して回路を切り離して行きます。また苫東厚真1号機(石炭火力 350MWe)も短時間で脱落し、合計1.65GWeとこの時間の負荷の過半を超える発電量を短時間で失いました。
北海道電力の送電網

図3 北海道電力の送電網(北海道電力HPより)

 図3と図1を比較するとわかるように、地震の震源と苫東厚真発電所、送電網の結節点である変電所が重なっています。執筆時点ではまだ分かりませんが、苫東厚真発電所が脱落し、更に変電所の打撃で道東が送電網から切り離されたと考えられます。こうなると送電網の制御が不可能となり、次々と遮断機が自動動作し、停電域は急速に拡大して行きます。結果17分間でほぼ全道が、8時ころまでに全道が停電してしまいました。  北海道電力の特徴は、産炭地であったと言う歴史的経緯から火力発電所にしめる石炭火力発電所の割合が高いことです。石炭火力発電所は、負荷追従運転が苦手で、出力調整運転も余りしません。基本的に定格出力運転をする為に出力変動調整能力に欠けます。これは原子力発電所も同じで、日本の原子力発電所は負荷追従運転ができませんし、出力調整運転の認可を受けていません。結果、やはり定格出力運転のみを行います。  北海道電力は、電力需要が少ない一方で、需要に対して容量の大きな発電所が多く、それらは出力調整能力を持たない(あっても負荷追従が出来ない)と言う特徴があります。  結果、電力需要の少ない夜間に発電容量の大きな発電所が急に脱落すると出力調整余力がなく連鎖的に送電網が破綻してしまうという弱点があります。  送電網を通る電力は三相交流(図4)です。そのため、すべての発電所は、正確に同期しながら発電します。
三相交流

図4 三相交流(Wikipediaより)
すべての発電所が50Hz(東日本の場合)で正確に同期して発電する。周波数変動は±1.2Hz以下でなければならない。

 この為、直流の電池をつなげるのと異なり、ただ単に容量のたし算が出来れば良いと言う訳でなく、すべての発電所が歩調を合わせながら常時変動する需要(負荷)に合わせて発電します。ムカデ競走の様なものと考えれば良いです。  その中で原子力発電は出力調整をしません。石炭火力も出力調整を苦手とします。しかもそれらは大出力です。結果、北海道電力は、数人の大人が交じった小学生のムカデ競走のようなもので大人が一人でも転ぶと全体が転ぶ弱点があります。  本来、石油火力発電所、天然ガス火力発電所、一般水力発電所、揚水発電所によって出力を調整し発電量と消費量を一致させますが、原子力と石炭火力の占める割合の大きな北海道電力ではその調整力がたいへんに弱いのです。とても弱いムカデ競走チームです。

原子力と石炭火力はこどもに混じった大人で、この大人が歩調を合わせてくれない。こどもがなんとか歩調を合わせている (写真/ESPER :ピクスタ)

 単一の電力会社の管内で電力需給の調整ができない場合、他の電力会社との電力融通を行います。これを連系線(図6)と呼びます。例えば四国電力では、本州との間に二系統合計3.8GWeの連携線を持ちますが、北海道電力は、北本連携線600MWeしか持たず、調整力が弱いのです。
連系線の概要

図6 連系線の概要(長期需給見通し小委員会資料抜粋)
北海道電力は、津軽海峡を挟む為に本州との連系線が一本しかなく容量が小さい(細い)。

 結論を書けば、今回仮に泊発電所が動いていた場合、定格出力運転中の原子炉は苫小牧での送電網破綻の影響で緊急停止することになり、その上ブラックアウトの為に外部電源を喪失します。これはたいへんに危険なことで、もしもここですべての非常用DGの起動に失敗すれば最終的に原子炉が爆発する可能性があります。  これは北海道電力特有の弱点で、今回その弱点が露呈したと言えます。これにより、今後泊発電所の適合性審査はさらに難しいことになると考えられます。なぜなら、安定した送電と外部電源という多重位防護の第1層に弱点を露呈したことになるからです。
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北電が今回のインシデントから得るべき教訓
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