犬がこれらの感情状態のとき、私たちヒトとは基本的に違う表情を見せています。この違いは、犬がヒトと同じ表情筋を持っていなかったり、同じ表情筋を持っていても動かすことができなかったりするからのようです。
同じことを犬を含め他の哺乳類の側から私たちヒトの表情を観てみましょう。すると次のような動物たちの心の声が聞こえてきそうです。
「ヒトは感情表現をするときに耳を動かせないんだ。」
今回の犬を含め、馬やヒツジ、ネコなどの表情分析の結果、彼ら(彼女ら?)は感情を発信する際、ときに耳を用いることがわかっています。ときどき耳をピクピクと動かすことのできるヒトもいますが、耳で感情を現すヒトはいないでしょう。
ところで、私たちヒトは自分の経験・体験を重ねて、ヒトだけでなく動物の表情を見、感情を類推します。
つまり自分の表情と感情との関係を他の動物の表情にも投影するのです。そうであるからこそ、
本連載41回で紹介したように、ハノ字眉を浮かべる犬に助けの手を差し伸べたくなるのでしょう。私たちヒトがハノ字眉をするときとは、悲しいときです。この表情は他者から援助をもらいやすくなることがわかっています。
犬がハノ字眉をしたとき、犬が本当に悲しいと思っているか否かはわかっていません。しかし私たちは犬の表情に悲しみを読みとるのです。今回の研究より、この投影が犬の真の感情を理解するうえで必ずしも正しいわけではないことがわかります。
犬が様々な感情を抱いているとき、その表情は自然界で適応的に獲得されたものなのか、あるいはペットとしてヒトとコミュニケーションするために習得的に獲得されたものなのか、様々に原因が考えられます。
犬の表情とヒトの表情との類似性や差異を比べることで、哺乳類としての連続性と断絶に関して新たな発見があるかも知れません。まだまだ犬の表情と感情との関係には謎があります。今後の犬を含む哺乳類とヒトとの比較調査に注目です。
ちょっと私はこれから犬の好物を手にうちの犬の顔を眺めにいってきます。
参考文献
Caeiro, C. C., Guo, K., & Mills, D. S. (2017). Dogs and humans respond to emotionally competent stimuli by producing different facial actions. Scientific Reports.
【清水建二】
株式会社空気を読むを科学する研究所代表取締役・防衛省講師。1982年、東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、東京大学大学院でメディア論やコミュニケーション論を学ぶ。学際情報学修士。日本国内にいる数少ない認定FACS(Facial Action Coding System:顔面動作符号化システム)コーダーの一人。微表情読解に関する各種資格も保持している。20歳のときに巻き込まれた狂言誘拐事件をきっかけにウソや人の心の中に関心を持つ。現在、公官庁や企業で研修やコンサルタント活動を精力的に行っている。また、ニュースやバラエティー番組で政治家や芸能人の心理分析をしたり、刑事ドラマ(「科捜研の女 シーズン16」)の監修をしたりと、メディア出演の実績も多数ある。著書に『
ビジネスに効く 表情のつくり方』(イースト・プレス)、『
「顔」と「しぐさ」で相手を見抜く』(フォレスト出版)、『
0.2秒のホンネ 微表情を見抜く技術』(飛鳥新社)がある。