病むアメリカ。トランプが拡大させた格差がもたらした現実

水次祥子

photo by strecosa via pixabay(CC0 PublicDomain)

 学生時代から数えて15年以上は住んできたニューヨークを、8か月ぶりに訪れた。昨年も半年間暮らしていたのでごく最近の街の雰囲気は把握していたつもりだったが、1年もたたずにそこは、違った街になっていた。

小奇麗な身なりなのに物乞いをする人々

 地下鉄に乗ると、物乞いをする人々が目につく。物乞いといっても求めているのはほぼお金で、大きめの紙コップを持ち、お金をくれそうな乗客がいるとそれを差し出し小銭や1ドル札を入れてもらう。乗車してくるなり自分がいかに不幸な状況でお金に困っているかというスピーチを始める者もおり、「私は3か月前に会社をクビになり、無職になり食うに困っています」などとまくし立ててから紙コップを差し出す男もいた。

 地下鉄だけでなく路上でもそうだ。地下鉄と違って紙コップを持って回るのではなく、例外なくすべての物乞いが路上に座り込み、段ボールの切れ端に自己アピールのためのキャッチコピーを書き込み、タッパーの容器のようなものを前に置いて誰かがお金を入れてくれるのをひたすら待っている。

 そんな物乞いの人々が、8か月前よりもずいぶん増えた。しかも、小奇麗な身なりをした白人で、比較的若い人が多い。物乞いといえばかつてはホームレスと同義語のようなものだったが、彼らの身なりを見ると、とてもホームレスには思えない。

 物価は上がり、日本の100均に似た「99円ショップ」はなくなり、昨年筆者が借りていたアパートの部屋は家賃が15%も値上がりし、ニューヨークが年々暮らし難い街になっていることは実感したが、彼らがどのような境遇で路上に座るに至ったのかはわからない。

在米経験で初めて体験したあからさまな悪意

 マンハッタンの街を1人で歩いていると、恐ろしい出来事にも出くわした。

 それは飲食店や小売店が並ぶ広い歩道だった。早い時間だったためか人通りは多くはなかったが、車道とは逆の端を歩いていたので、他の歩行者とぶつからないくらいの広いスペースが十分にあったと思う。ぶつかるどころか至近ですれ違うことさえ、まずあり得ないはずだった。

 ところがふと気がつくと、前方から黒人の男が近づいてきた。反射的に男の顔を見ると、こちらに向かって今まさに何らかの危害を加えようという雰囲気をすぐ察知したのだが、あまりに突然のことでこちらは完全に無防備な状態だった。

 男はこちらの顔に向かって唾を吐きかけてきた。口の中に唾を貯め、確実に顔を狙えるよう至近まで来て唇を銃口のように尖らせ、明らかに悪意に満ちたやり方で吐いてきたのだ。

 これを暴行と呼ぶのかはわからないが、やられた方にとっては暴行と一緒だ。いや暴行よりもさらに悪意に満ち、陰湿で、人の尊厳を傷つける行為のように思える。一瞬言葉を失い膝が震えた。

 酷い口臭を含んだ唾液が顔にこびりついたのがわかった。恐怖と怒りと悲しみと、複雑な感情が一瞬のうちに沸き上がり、ただ叫び声を上げた。少し離れたところにあるバス停に数人の人が立っていたが声は届いていない様子で、通りかかったヒスパニック系米国カップルが「どうしたの。大丈夫?」と声をかけてくれたが、そう問いかけるだけで助け舟を出してくれるわけではなく、男は何食わぬ様子で歩き去っていった。

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格差は拡大し人々の不満が鬱積

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