「カネで“独島”を売り渡した男」と韓国で猛批判された金鐘泌死去。竹島問題解決がさらに遠のく

安達夕

2018-07-09_170851

キム・ジョンピル氏の死を報じる韓国YTNのYouTubeより

「爆破してでも独島は絶対日本には渡さない」

 これは2018年6月23日享年92歳で死去した韓国政界の重鎮で元首相の金鐘泌(キム・ジョンピル)の言葉である。

 金鐘泌は35歳だった1961年、5.16軍事クーデターを朴正煕(パク・チョンヒ)とともに主導し、朴正煕政権誕生の立役者となった。以降、初代中央情報部長(KCIA部長)、国務総理(首相)など要職を歴任した。また金泳三・金大中とともに韓国政治史上に「三金時代」といわれる時代を築いた。

 一度も大統領にはならず、「永遠のナンバー2」と呼ばれ、内外両面で大きく揺れた1960年代から1980年代の韓国政界において、重鎮として陰に陽にその手腕を発揮した。

 その韓国政界の重鎮の訃報が届いたあとから、韓国メディアでは「竹島密約」という言葉が話題に上っている。

「解決せざるをもって解決とみなす」とした「竹島密約」

 韓国は1952年1月、「海洋主権宣言」を発布し、広大な水域への漁業管轄権を主張する「李承晩ライン」を設定した。そのライン内に竹島(独島)を取り込んだことにより、日本と韓国の間では、今もなお「竹島問題」が続いている。

 日本は1954年、1962年、2012年と三度に渡り国際司法裁判所(ICJ)への付託を韓国へ提案するも、韓国はこれを拒否している。

 1962年10月、日韓国交正常化交渉に向けて、当時の日本・大平正芳外相との会談で竹島(独島)の領有権問題に関し金鐘泌は驚きの発言をした。日本側が国際司法裁判所(ICJ)への付託を提案すると伝え聞いた金鐘泌は激憤しそれを拒否した。そして日本側に竹島(独島)問題の解決策として島の爆破を提案したのだ。

 後に彼は、仮に国際司法裁判所が日本側についたとしても日本に渡すくらいならいっそのこと竹島(独島)を無くしてしまう方がいいと思ったと回想している。

 金鐘泌の業績と彼に対する評価はいろいろだ。

 韓国では、金鐘泌は1965年の「竹島(独島)密約」によって「日本に金をもらって独島を売り渡した男」という批判もある。

「竹島(独島)密約」は、朴正煕政権が日本と締結した竹島(独島)に関する密約を指す。

 当時朴正煕大統領を筆頭に金鐘泌、その兄である当時の金鐘洛(キム・ジョンラク)韓一銀行専務、丁一権(チョン・イルグォン)国務総理が日本側の代表と会い秘密裏に協定を結んだ。

 竹島密約の細部事項にはこのような内容が含まれている。「竹島(独島)は今後、韓国と日本両国が自国の領土と主張し、これに反論することに異議を唱えない」、「解決せざるをもって解決とみなす」。これは事実上、韓国が竹島(独島)に対する領有権を放棄するという内容だ。

 朴正煕政府はこの対価に経済発展に必要な資金を得たと分析されている。

 民族文化研究所が公開した米中央情報局(CIA)の特別報告書によると、当時朴正煕政権は1961年から5年間日本の企業らから総6600万ドルを受け取っている。また金鐘泌は竹島密約を含む日韓協定を締結する対価に在日韓国企業から巨額の政治資金を受け取ったと確認されている。これが「カネで独島を売り渡した男」と評価される所以である。

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朴正煕、朴槿恵親子の側近としても暗躍
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