オウム死刑執行当日、公安調査庁が立ち入り調査したアレフ施設前は、思いの外ゆるい空気だった

藤倉善郎

 7月6日、オウム真理教の教祖・麻原彰晃こと松本智津夫死刑囚ほか教団幹部6名の死刑が執行された。報復テロなどの動きを警戒する公安調査庁は当日のうちに、オウムの現存団体であるアレフ、ひかりの輪、山田らの集団の全国の施設に立入検査に入った。いずれも団体規制法に基づく観察処分の対象団体だ。このうち、足立区入谷にあるアレフ施設への立入検査を取材した。

「上九に行ったことある感じの」報道陣はいない

 足立区入谷の住宅や工場、倉庫が立ち並ぶ一角にあるアレフ施設。2016年にアレフが札幌に大規模施設を開設するまでは、ここが国内最大拠点とされていた。

 同日正午前に施設前に到着すると、すでに数十人の報道陣が詰めかけていた。警察が警備に当たるほか、「公安調査庁」の腕章をつけた職員が周囲を行ったり来たりしている。テレビではすでに、死刑執行を受けて公安調査庁が同日中に教団施設への立ち入り調査を行う予定であることが報じられていた。

 死刑執行の情報は通常、執行後にメディアに発表され報じられる。今回は各メディアで指摘されている通り、執行前の手続きに着手した時点で報道され、順次、執行されるごとに報道される、半ば「公開処刑」にちかいリアルタイムの「死刑執行ショー」となっていた。

 公安調査庁の立入検査は、団体規制法に基づいて通常も度々行われている。しかし記者クラブメディアに事前に情報がもたらされても、報道されるのは実施後というのが通常だ。メディアにとっては速報性を争うほどの大事件ではないという事情もあるだろう。しかし今回は、検査が行われる前からテレビで予定が報じられた。これも異例だ。

 現場では報道陣が「大阪、名古屋(の施設)に(検査が)入った」などと情報を交わしながら、公安調査庁の到着を待つ。実施時間は不明なため、交通整理等で警察官が動くなどするだけで報道陣が一気にそちらに注目する。

 すでに現場から中継していたテレビ局もあったせいか、途中からユーチューバーらしき、スマートフォンやiPadを手にした明らかに報道関係者に見えない野次馬も加わってきた。

 何度か、アレフ施設の窓のカーテンが動き、隙間から外を覗き見る信者らしき人影が見えたが、人の出入りはなし。まったく動きのない現場で、みな、ただ待機していた。筆者の脇ではテレビのクルーがサッカー談義に花を咲かせていた。

 筆者の顔見知りのカメラマンがやってきた。1995年に当時の上九一色村にあった教団施設に強制捜査が入った時期、現場で取材した経験もあるベテランだ。彼は周囲の報道陣を見渡しながら言う。

「もう上九に行ったことある感じのやつ全然いねえな」

 報道陣の顔ぶれは見た感じ20~40代といったところ。中心は30歳代か。95年当時にメディアで活動をしていたとは思えない人々ばかりだ。報道陣だけではない。現場にいる警察官や公安調査庁職員ですら、同じような年代が中心だ。筆者自身、95年当時は21歳。事件を取材した経験はない。

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テロの恐怖はなかった。しかし……
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