タイで500万人の命を救った男。90年代、拡大するエイズ感染を止めた英雄を直撃

エイズ拡大の元凶を特定せよ

 その後1987年から1989年にかけて、HIVがタイで大々的に広まった。主な感染源は薬物乱用者が使いまわしにする注射針と、風俗街だった。 「『Influencer』の中で、国王が薬物乱用者に恩赦を与え、この面々が売春宿に行ってHIVを広めたという記述がありますが、これは事実に反します。国王は関係ありません。恩赦は毎年行われるもので、薬物乱用者のHIV感染は針を共有するドラッグユーザーの間にのみ広がるもので、その外に広がることはありません。HIV拡大の一番の要因は、売春でした。HIV陽性の外国人旅行者がセックスツーリズムでタイに来て、売春婦に感染させ、それがほかの買春した男たちに広まってその妻子に感染させていったというのが真相なのです」  なぜそう断言できたのか。 「私がある地方に赴任し、性病拡大防止に努めていたころのころです。何らかの症状が出てきて、検査に訪れた患者に、我々は三つの質問をしました。“一番直近でセックスをしたのはいつですか?”もし答えが“最近やっていません”なら性病ではないわけですからお引き取り願えばいいわけです。しかし、性病の疑いで検査に訪れるということは、大体二週間以内にセックスをしていた場合がほとんどです。もっと言えば、発症が早いものもありますから実質3~5日以内に性交渉がある場合がほぼ大半を占めます。ここで次の質問です。“誰と?”です。三つ目の質問は“そのときコンドームを使いましたか?”です。性病の疑いで検査に訪れた患者のうち、実に97%が性産業を利用していた、つまり売春婦と性交渉したということが明らかになり、原因が特定できたわけです」  だが、考えてみてほしい。ほとんどの国で売春は違法である。日本にも、ソープランドの個室で何が行われているか、大人なら誰でも知っているものの、売春防止法なる法律がある。  そしてタイにも似たような法律がある。だが政府がそこに足を踏み入れると売春の存在を認めたことになる。Dr.ウィワットは、どのようにして政府にこの問題の存在を認めさせたのか。 「タイで性産業というとき、二種類にわけられます。一つ目が、“サービスガール”という概念です。たとえば、マッサージを受けに行くとしましょう。マッサージは合法です。しかし、個室に入った後にセックスについての交渉が始まる場合があります。つまり、合法的存在の中で非合法行為が行われるということです。似たようなものでカラオケや、レストランに行ったらなぜか上の階にダブルベッドつき個室がついている場合があったりします。  もう一つの概念が“売春宿”(Brothels)です。これは存在自体が違法です。しかし、外から一見しただけではわかりません。街のある一部に赤い灯りや青い灯りがともっている。その下に女のコが座っていて、男に何事かささやく。しかし数は多くありません。  大部分の売春行為は最初のカテゴリーの店で行われます。表向きはマッサージなり、レストランなり、合法なビジネスですから、警察としては何もできないのです。  ですから私たちはそういった経営者を呼び出し、警告するわけです。“うちはマッサージ店です”“しかし、お宅で性病をうつされたと証言する患者がいるぞ”そうやって店側に警告し、明らかになった統計を見せることにより政府に問題のありかを認識させたのです」  問題のありかは特定できた。ではここからDr.ウィワットはどのような手を打ったのか、近日公開予定の次回記事でさらに深く掘り下げていきたい。 <取材・文/タカ大丸 photo by Juan Antonio Segal via flickr(CC BY 2.0)>  ジャーナリスト、TVリポーター、英語同時通訳・スペイン語通訳者。ニューヨーク州立大学ポツダム校とテル・アヴィヴ大学で政治学を専攻。’10年10月のチリ鉱山落盤事故作業員救出の際にはスペイン語通訳として民放各局から依頼が殺到。2015年3月発売の『ジョコビッチの生まれ変わる食事』(三五館)は12万部を突破。最新の訳書に「ナダル・ノート すべては訓練次第」(東邦出版)。  雑誌「月刊VOICE」「プレジデント」などで執筆するほか、テレビ朝日「たけしのTVタックル」「たけしの超常現象Xファイル」TBS「水曜日のダウンタウン」などテレビ出演も多数。公式サイト
 ジャーナリスト、TVリポーター、英語同時通訳・スペイン語通訳者。ニューヨーク州立大学ポツダム校とテル・アヴィヴ大学で政治学を専攻。’10年10月のチリ鉱山落盤事故作業員救出の際にはスペイン語通訳として民放各局から依頼が殺到。2015年3月発売の『ジョコビッチの生まれ変わる食事』は15万部を突破し、現在新装版が発売。最新の訳書に「ナダル・ノート すべては訓練次第」(東邦出版)。10月に初の単著『貧困脱出マニュアル』(飛鳥新社)を上梓。 雑誌「月刊VOICE」「プレジデント」などで執筆するほか、テレビ朝日「たけしのTVタックル」「たけしの超常現象Xファイル」TBS「水曜日のダウンタウン」などテレビ出演も多数。
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