「児童虐待への処方箋は戦前道徳の復活」? 珍説をのたまうエセ保守議員の伝統軽視を斬る

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kimura2 via pixabay(CC0 Public Domain)

 先般報道された東京都目黒区での児童虐待死事件は、多くの国民の胸を引き裂く、じつに痛ましいものだった。私たちはこうした凄惨な事件に直面した際、何が問題で、果たしてどうすれば良かったのかを自問自答し、同じ過ちが繰り返されないよう改善への方途を探ろうとする。児童虐待はこの社会が抱える宿痾だが、少しでもその数を減らすべく、制度設計や法整備等の必要な措置を、政府と国会とが連携して進めてゆくことを期待したい。

 ただ、そうした改善への動きが、明らかに間違った知識や考え方から行われようとしている場合、しかもそれがあろうことか与党所属の現役国会議員によって行われようとしている場合、やはりそれを座視することはできない。

“われわれ日本人が戦後壊してきた道徳感であるとか価値観であるとか、弱い者いじめをしないとか、力がある者は力の無いものに手を挙げない、暴力を振るわないとかっていうのが、当たり前にできていた日本人の道徳観というのが壊されてきたっていうのも、私は大きな原因になっていると思ってます。児童虐待にしてもこのDVにしても。あともっといえば離婚が増えたとかね。だって昔はみんなお見合い結婚だったわけですよ。それでもみんな最後まで添い遂げてほとんど離婚しなかったけど、こんだけみんな恋愛結婚になったのに、すぐ離婚しちゃうっていうこともあるわけです。“

 これは6月22日に公開された「児童虐待は虐待する大人を無くすことも大切です①」と題する動画内での自民党所属の杉田水脈衆院議員による発言だ。

 当該発言のどこが問題か。読者諸賢はすでにお気付きだろう。

 すべてである

戦前の日本人は児童を虐待しなかった?

 杉田議員は動画内において、昭和40年代に自治体職員として児童相談所への勤務経験があるという自身の父親が「虐待の通報は5年間でたった1件しかなかった」と語ったことから、現今の児童相談所における児童虐待対応件数の急激な増加の理由を、上記したような戦後における日本人の道徳観の破壊に求めている。きちんとしたデータや統計ではなく、単なる肉親の昔話が根拠となっている時点で頭を抱えた読者諸賢も少なくないとは思うが、まだこれは序の口なのでもうしばらくお付き合いいただきたい。

 さて、厚労省の資料を見ても確かに児童虐待対応件数は平成2年度以降増加の一途を辿っている。他方、杉田議員の論法で言えば、高い道徳を持つ戦前の日本人は、現代とは違って児童虐待をしないか、仮にあったとしても極端に少ないことになる。そんな杉田議員にお薦めしたい文献がこちら。

1.吉見香「戦前の日本の児童虐待に関する研究と論点」
https://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/51129/1/Yoshimi.pdf
2.片岡優子「原胤昭の生涯とその事業―児童虐待防止事業を中心として一」
https://ci.nii.ac.jp/els/contentscinii_20180623040238.pdf?id=ART0009148609

 1は戦前に刊行された雑誌の記事から当時の児童虐待の実態に追ったもの。2は監獄の教誨師を務めたクリスチャンで、明治42年から児童虐待防事業に取り組んだ原胤昭についてまとめたもの。

 どちらを読んでも児童虐待の主な原因は貧困・継子・養子であって、虐待の内実が暴力とネグレクトが中心である点も現代と何ら変わりはない。そもそも旧児童虐待防止法が制定されたのは昭和8年のこと。そもそも高い道徳観を具備しているがゆえに虐待などするはずのない戦前の日本人にどうして「防止法」が必要なのか、不思議でならない。

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教育勅語は「日本の伝統」か?

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