筆者の父のケースから言えるのは、このような免許返納後の不便を軽減するためには、「事前準備」が重要だということだ。
免許を返納する前、認知症になる前、少しでも早く公共交通機関やECサイト(ネットショップ)等、返納後、大いに利用するであろうものに慣れておき、「クルマのない生活」に備えておくことが、その後のQOL急減を回避する鍵となる。
こうした日本の「高齢者ドライバー」問題は、高齢化が進む他国でも注目度が高い。先日、アメリカの有力紙「NY Tines」でも紹介され、話題になった。
中でも日本の動向を注視しているのが、韓国だ。
韓国の経済発展は日本よりも20年ほど遅かったため、高齢者が車を運転する姿はまだ少ない。が、比較的早く高齢化が進んでいるタクシードライバーの交通事故が急増したことにより、日本の現状と韓国の今後を比較しながら、取り組むべき事項を詳しく論じるメディアも出てきている。
こうして「高齢者ドライバー問題」において、世界基準になりつつある日本だが、現在、こうした免許返納を以って高齢者ドライバーによる交通事故を減らそうとする動きがベストであるかのような風潮が強まっている。
実際、改正道交法の施行以降、免許返納者への公共交通機関の優遇定期券を発行したり、本人による返納が原則のところ、家族の代理返納を認めたりしている自治体はこの数年で急増した。
しかし、この問題の解決策を、「免許返納」だけに見出すのは、高齢化一直線の日本の現状にとって、あまりにもナンセンスだ。実状、免許を返納した高齢者にとっては、現在の環境は「快適」とは程遠い。
前出の「公共交通機関」においては、先に紹介した優遇定期券の発行以外にも、小中学校が運営するスクールバスを自家用有償旅客運送に転換するなどして、高齢者の「足の多様化」を目指しているものの、自身による車の運転との利便性と比べると、「待つ」「持つ」「歩く」の負担は比べ物にならないほど大きい。
「ECサイト」の利用においても、操作や手続きが複雑だったり、視聴覚対策が不足していたりといった理由から、高齢者を十分に取り込めていないのが現状だ。
総務省が昨年公表した前年の実態調査によると、世帯主が65歳以上である2人以上の世帯(高齢者世帯)のECサイト利用の割合は、わずか14.3%。10年前の4.9%から2.9倍に増えたものの、やはり割合自体は高くない。
このように、免許返納後のストレスを完全になくすことは、今のところ不可能であるのが現状なのだ。
高齢者ドライバーによる問題において、免許返納は即効性や確実性のある抜本的な“対策”だといえるだろう。
が、着実に加速していく高齢化の中、「運転者数」だけを減らすことは何の“解決”にもならない。誰もが今以上に安心して運転できるクルマの技術開発や法整備など、運転環境の底上げも同時に強く議論・研究していく必要がある。
人口構成比の高い団塊の世代が本格的な高齢者ドライバーになる日は、もうすぐそこまで来ている。
【橋本愛喜】
フリーライター。大学卒業間際に父親の経営する零細町工場へ入社。大型自動車免許を取得し、トラックで200社以上のモノづくりの現場へ足を運ぶ。日本語教育やセミナーを通じて得た60か国4,000人以上の外国人駐在員や留学生と交流をもつ。滞在していたニューヨークや韓国との文化的差異を元に執筆中。