高齢者ドライバー問題で考えるべき、免許返納後の高齢者の「足」問題

橋本愛喜

masa / PIXTA(ピクスタ)

 昨年、改正道路交通法が施行され、高齢者ドライバーによる交通事故対策が強化されたが、関連する事故は依然減少の様相を見せない。

 先日90歳の女性が、同法によって75歳以上に義務付けられた「認知機能検査」を通過し、免許を更新した直後、4名の死傷を出す事故を起こしたことは記憶に新しいところだ。女性は、「家族から勧められたが、免許を返納するつもりはなかった」と供述したという。

 警視庁がこのほど発表した昨年の運転免許保持者数は、約8,200万人。そのうち75歳以上の免許保持者は約540万人で、うち約25万人が自主返納した。10年前の約1万9,000人から比べると、その数は13倍に増加。徐々に高齢者運転の危険性が周知されてきていることが窺える。

 しかし、これほど関連する事故が多発する中でみると、返納率4.6%は、決して高い数字とは言えない。

 高齢者ドライバーが免許を返納しないその理由には、2つある。

高齢者ドライバーが免許を返納しない理由

 1つは、高齢者自身にある運転技術に対する「過信」という心的要因だ。

 MS&AD基礎研究所株式会社が昨年行った「自動車運転と事故」に関するアンケート調査によると、「運転に自信があるか」という質問に、「ある」と回答したのは、20代が49.3%であるのに対し、80歳以上は72%にものぼる。反対に、自信が「ない」と答えたのは、20代が24%で、80歳以上は5%程度だ。

 しかし、実際の高齢者ドライバーによる死亡事故が、それ以外の世代より2倍以上発生率が高いところに鑑みると、彼らのこうした過信は、もはや「自分はまだ大丈夫だ」という不安感情の裏返しとも読めてしまう。

 もう1つの理由は、「足」問題という実質的要因にある。

 同庁が実施したアンケートによると、自主返納をしようと思ったことがある運転継続者の約7割は、返納をためらう理由を「車がないと生活が不便だから」と回答したという。

 同庁が統計を取り始めた昭和41年の免許取得者は約2,300万人。当時18歳だったドライバーは、今年70歳になる。クルマ離れが叫ばれる現代の若者とは対照的に、高度経済成長の只中に生まれ、バブル時代を謳歌した彼ら団塊以前の世代は、終身雇用で安定した収入を得ながら、郊外にマイホームを購入し、何台ものクルマを「足」として乗り繋いできた。

 そんな彼らにとって、「免許返納」が生活をどれほど変えることなのかは、想像に難くない。

 筆者の父も、そのうちの1人だ。

 父は元々クルマが好きで、趣味や通勤、引取り先までの「足」としてはもちろん、経営していた工場で製造するモノまでがクルマだったが、病気の後遺症で記憶障害を抱えて以降、その全てから遠ざかることになった。

 工場閉鎖後は、しばらく庭いじりに興じていたが、自宅は中途半端な田舎で、肥料やスコップなどの庭道具は自分の「本当の足」だけでは買いに行けない。それゆえ、「道具がない」を言い訳に適当に作業を終わらせると、昼の情報番組で夕食までの時間を潰すようになる。

 多忙の家族に代わり、買い物くらい行ってきてほしいところだが、一番近いスーパーでも徒歩で往復1時間ほど。スナック菓子を買いに行くのならば、散歩にもカロリー消費するにもちょうどいい距離だが、コメ・味噌・醤油となれば、そんなことも言っていられない。

 こうして「足」のない父の行動範囲は徐々に狭まり、工場で働いていた時の「力強い彼」からは想像もできないほど足腰も弱くなっていくと、雑草むしりさえもしなくなり、やがて家の中に引きこもっては、「鉄格子のない牢屋にいるみたいや」なる言葉を繰り返すようになる。

 そんな高齢者の免許返納による生活の変化は、本人だけに降りかかるものではない。時に同居する家族の生活をも一変させることがある。

 その後、完全な出不精になった父は、年齢を重ねるごとに、小さな病気や定期健診で病院に行く日が増えていった。その度に父の「足」となるのは、同居人の家族だ。幼い頃、助手席から見上げていた父を、こうして運転席から見るようになると、彼が急に弱ったように感じる。

 ある日、突然の歯痛で父を歯医者へ送迎せねばならなくなったのだが、家族の都合がつかず、調整に奮闘している最中、父はいたたまれなくなったのだろう。倉庫から自転車を引っ張り出し、診察券だけを持って家を飛び出したことがあった。少年期以来またいだこともない自転車。車の運転以上に危険な行為だと、家から5メートル先でもたつく父を必死に止めた。

 10年もすれば、現在60代後半の母も運転できなくなる日が来る。そうなると「足」が1つ減り、出不精が1人増えることになる。

 最近、両親は住み慣れたマイホームを引き払い、駅周辺への引越しをも検討し始めたのだが、記憶障害を抱える父にとって、引越しは異星へ移住するようなもの。転居先で新たな問題をも引き起こしかねない。

 筆者の父の場合、病気の発症によって明確な「Xデー」があったが、一般的な認知症や身体的衰えは、「ある日突然」起きるものではない。それゆえ、年を取るほど必要になる車に、自らの意思で「明日から乗らない」と踏ん切りを付けるのは、相当な勇気がいることだ。

 また、そんな高齢者の免許返納が、実質「介護」の始まりになる家族も多く、現在の日本社会では、高齢者が加害者にならないための代償は、当事者や家族にとって決して小さいものではない。

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免許返納すれば良いという話ではない

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