今回の噴火で全滅した3つの村の一つエル・ロデオの住民の一人ロペスさんは「赤ん坊が生まれたので、我々は誕生会をやっていた。その時、隣人の一人が『溶岩が近くまで来ている』と叫んで知らせてきた。まさかと思って、外に出ると、高温の泥が通りを下ってもう手前近くまで来ていた」と語っている。「私の母親は逃げ遅れてあそこにいる」彼の夫人が補足した。勿論、それは母親の死を意味する発言であった。
レスキュー隊員が語っていた言葉はさらに生々しい。曰く、「死体が砂像のように見える」と。火砕流が運ぶ灰とガスを呼吸せねばならない場所に位置するようになると「容易に呼吸困難をもたらすようになる」と彼らも指摘している。
10年の消防隊員としての経験を持つペレスさんは、今回のような噴火は経験したことがないという。行方不明になった消防隊員が我々に「そこから離れるようにと指示してくれて助かった」と取材記者に語った。(参照:「
Infobae」、「
Prensa Libre」)
避難民は4000人以上とされているが、着の身着のまま避難した住民が気になっているのは家族の行方だという。
5日までに69人の遺体が見つかった時点で、身元の確認できたのは18人だという。火山灰で顔相は確認できず、しかも高温でやけどが酷く指紋も判定できない状態。特に、フエゴ山の麓の住民の場合は何人がそこに住んでいたのかという登記資料が存在しておらず、実際の犠牲者は発表される数を大きく上回っているはずであるとされている。(参照:「
BBC」)
同国のジミー・モラレス大統領にとって今回の惨事は大統領として初めての経験であった。なにしろ彼は元喜劇俳優で政治家としての経験はない。彼が大統領になれたのもぺレス・モリナ元大統領が汚職で辞任し、前大統領は暫定大統領であった。
このような惨事での対応は彼にとって初めてであった。だから、被災地を訪問した際の記者会見でも国家予算にはこのような大惨事に必要な資金は盛り込まれていないと失言してしまった。なんと、「残念ながら、現行の法令では一銭も拠出出来ない」と答えてしまったのだ。
無論、報道メディアは早速それに反論して国家予算法101条にて復旧資金が組めることを指摘した。もちろんその通りで、その後議会で被災地救済特別資金が賛成多数で可決。そして、フリオ・エクトル財務相が<4200万ドル(45億4000万円)>の拠出金を発表した。(参照:「
Infobae」)
ちなみに、モラレス大統領は、以前報じたように、多くの国民や同国最高裁の反対を押し切って、自国の大使館をエルサレムに移転し、イスラエルの首都移転を支持したのである。(参照:
米国の2日後にグアテマラもエルサレムに大使館を移した。その理由にある中米国家の悲哀)
が、当のイスラエルからのこの大惨事に対して即座の反応は僅か<1万ドル(108万円)の救援金>であったという。(参照:「
El Heraldo」)
<文/白石和幸 photo by
Kevin.Sebold via Wikimedia Commons(CC BY-SA 3.0) >
しらいしかずゆき●スペイン在住の貿易コンサルタント。1973年にスペイン・バレンシアに留学以来、長くスペインで会社経営する生活。バレンシアには領事館がないため、緊急時などはバルセロナの日本総領事館の代理業務もこなす。