「過労死は自己責任」で炎上の田端信太郎氏にみるグローバルマッチョイズムと、その支持者の”病理”<北条かや>

田端氏に追随し、弱者叩きをしている人ははたして強者側なのか?

 田端氏は、社会に出たのが氷河期だったので、大きな組織にしがみついていれば安心という時代ではないことを痛感しているのかもしれない。とにかく「個の力で生き抜くべきだ」という気持ちが強いようだ。しかし、 「自殺だから一義的に自己責任なのは当たり前でしょうが。上司が屋上から物理的に突き落としたりしたのですか? そんなに追い込まれても、会社なんて辞めて生活保護受ければいいわけです」(ツイートより引用)  との発言は、批判されても仕方がない。  彼には過労死遺族を侮辱するつもりなどないだろうし、むしろグローバルマッチョらしく、「絶対服従を強いる日本企業」を批判している可能性はある。  が、「過労自殺は自己責任」とつぶやいたところで、死んだ人が生き返るわけではない。過労自殺(自死)の遺族が残した記録を読んだことがあるが、「息子は会社に殺された」という言葉の重みと、グローバルマッチョの田端氏がつぶやく「会社なんて辞めて生活保護受ければいいわけです」の軽さは対照的であった。  彼に足りないのは弱者への想像力であり、社会的包摂への意志である。  自分はもしかしたら、経済的に豊かでない家庭に生まれたかもしれない。就労が難しいレベルの障害をもって生まれてきたかもしれない。そうでなくても、明日交通事故に遭って働けなくなるかもしれない。そういう想像力があれば、「自分の身は自分で守れ」以上のことが言えるだろう。  新自由主義の経済下で、資本家と労働者の圧倒的な差が埋まることはない。どうしても、会社に従属させられてしまう人はいる。  従属の上に「勝ち組」が生まれるのであって、ユニクロの某経営者も「これからは年収1億円か100万円に分かれて、中間層が減る。低賃金で働く途上国の賃金にフラット化するので、皆が年収100万円のほうになっていくのは仕方がない」と予言していた。  社会が包摂力をなくしているので、以前より多くの努力をしてもなお「年収100万円」しか得られない人が多数派になる。  そんな暗い時代だからこそ、いわゆる「NOと言えない日本人」や「断る力」のない弱者を批判し、「働く側が自分の身は自分で守る気概を持たないと!」と鼓舞するオピニオンリーダーが人気を集める。皮肉な話だ。  鼓舞する側の田端氏はいざしらず、彼を熱狂的に支持する人たちは、みんながみんな、時代に負けない強靭な労働者なのだろうか。自戒を込めて言うが、想像力の欠如は最も恐ろしい病理だ。 <文:北条かや> 【北条かや】石川県出身。同志社大学社会学部卒業、京都大学大学院文学部研究科修士課程修了。自らのキャバクラ勤務経験をもとにした初著書『キャバ嬢の社会学』(星海社新書)で注目される。以後、執筆活動からTOKYO MX『モーニングCROSS』などのメディア出演まで、幅広く活躍。著書は『整形した女は幸せになっているのか』(星海社新書)、『本当は結婚したくないのだ症候群』(青春出版社)、『こじらせ女子の日常』(宝島社)。最新刊は『インターネットで死ぬということ』(イースト・プレス)。 公式ブログは「コスプレで女やってますけど
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