日大アメフト部騒動。過度な断罪は当事者性を失わせてしまう<アーチャリー・松本麗華の新連載>

松本麗華

選手が同調圧力に屈したことを、私たちは責められるのか

 ツイッター上で、「会見であれだけ冷静に振る舞える人でも閉鎖空間で詰められたらあれだけのことをやらかしちまう」という発言がありましたが、本当にその通りだと思います。

 指示に従ったからといって、指示した本人から守ってもらえるわけでもありません。実行した者が責任を取らされてしまいます。誠実そうで、コーチからも「優しすぎる」と言われる選手が、あの悪質なタックルを行ってしまった。その原因を探ることは、日本社会で起きているさまざまな問題と向き合っていくチャンスだと思います。

 バッシングに参加しないと、「お前は肯定するのか」と論理をすり替えられ、その人自身が攻撃の対象とされてしまうこともあります。

そうして「過ちをおかした人」は仕事や人間関係を失っていき、社会から排斥されてしまいます。誰かが社会全体からバッシングされているとき、周囲に合わせなければいけないという恐怖から、バッシングに同調してしまう人もいるでしょう。わたしも今の流れとは違うこの原稿を書くのは、少し怖いです。

 しかし、周囲の人は明示的に「バッシングに参加しろ」と言っているわけではありません。そのような「空気」に従い、自分自身もその「空気」を作っていくのです。

 もしかしたら、監督やコーチがいうように、選手がルール違反をすることは想定していなかった可能性もあります。しかしおそらく、選手がいうように、そうせざるを得ないと感じる「空気」はあったのだと、わたしは思っています。

 日本社会には、「空気を読め」という風潮があり、また同調圧力が強く働いています。周囲と同調できない人、たとえば上司に逆らったり、あるいは発達障害などが原因で周囲と合わせるのが苦手だったりする人は、異端児として社会から排斥されてしまう傾向があります。

 個人よりも組織が重んじられ、死ぬまで働く、過労死のような問題も後を絶ちません。同僚が仮に助けたいと思ったとしても、行動に移せず、結局、後から悔やむということもあります。

 日大の選手のように、指示に従わないと試合に出させてもらえないと思ってしまったような場合や、会社で人事権や給料を握られているような場合、どうしても従わざるを得ないという心境に追い込まれる場合もあります。

 わたしは、今回の日大のアメフトの問題も含めて、「アイツらおかしい」で終わらせるのではなく、社会全体の問題として、自分自身の問題として考えていきたいと思っています。

 同時に、社会や会社などの組織に良心や法律に反することを求められた場合、「わたしはやりません」と言えるよう、人間として成長していきたいです。

 そう言える人が一人でも多くなれば、この日本の社会そのものも、少しずつ変わって行くのではないでしょうか。

【松本麗華】
文教大学臨床心理学科卒業後、産業カウンセラーの資格を取得。心理カウンセラーとして活動する他、執筆や講演、ヨガのインストラクターもしている。日本産業カウンセラー協会、日本人間性心理学会所属。自身の半生を振り返る手記『止まった時計』を上梓。実の父親である麻原彰晃は複数の精神科医から外的な刺激に反応することができない「昏迷」という状態にあるとされ、治療されることなく裁判が終結。10年以上、面会ができていない。現在も、父の治療と面会を求め続けている。健康情報とお得情報、割引クーポンが大好き。
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