年商1億円アスペルガー女社長 1000万円の借金返済のさなかに差した光明<3>

和場まさみ
アズ直子氏

「生きづらさの原因がアスペルガーであることを知ってから、人生が大きく変わりました」(アズ直子氏)

 アスペルガー症候群(自閉症スペクトラム)であることを公表、講演会やバッチフラワーレメディの販売などを手がけている経営者、アズ直子氏。前回記事(年商1億円アスペルガー社長「過集中」が奏功し事業成功するも、落とし穴が待っていた<2>)に引き続き、ようやく成功をつかむまでの半生を追う。

 高学歴にも関わらず企業をことごとくクビになり、うつ状態に陥った後に辿り着いたのが当時はまだ珍しかった「ネットショップ」の開業。

 たった3か月で年商1000万円を弾き出す成功を収めるも、競合相手の激増により、ブルーオーシャンビジネスは10年間で幕を閉じる。残ったのは、1000万円の借金だった。

 “コミュ障”ゆえに、人と関わりを持たなくてもよいビジネスを選んだ快適な10年間。それでも淋しくなかったわけではない。お酒に溺れた日もあれば、よくない人間関係に巻き込まれてしまったこともあったと言う。

 それもこれも、どこかで常に感じていた「孤独」を埋めようとした結果のこと。しかし結局、ビジネスがうまくいかなくなった時に助けてくれる人が誰もいなかった。

 ならば自分で何とかするしかない――アズ氏は借金を返済すべく、ネットショップ経営を細々と続けながら介護職のアルバイトを始めた。

「他に何ができるかと考えた時、義母の世話で培った介護しかなかったんです。朝8時から午後2時まで、時給850円で入浴からオムツ交換などすべて含めての介護職をこなし、帰宅したらネットショップを何とかするために勉強をしまくる…そんな生活が2年間続きました」

 施設では、認知症の高齢者と接触する機会が多い。介護をしていると、なぜか自分と共通するものを感じる。現場の医師や看護師、カウンセラーも、合点のいくようなアドバイスをしてくれる。

 不思議な感覚を味わっていた矢先、勝間和代氏が著作で紹介したことで話題になっていた「マインドマップ講座」に参加、そこで「アスペルガー症候群」の話を耳にした時、アズ氏の中にひとつの確信が生まれた。

「すぐに心療内科へ駆け込んで診察を受けたところ、初めて自分がアスペルガー症候群であるということがわかったんです」

 どこへ行ってもうまくいかない、他人と上手に関わることができない、だからひとりで仕事をしたほうがいい、自分はダメ人間なのだから――生まれて38年間、そんな自責の念に苛まれ続けてきた世界観が、一気に変わったとアズ氏は言う。

「診断名をもらって、とにかく楽になりました。私の中には、どんなに学んでも、どんなに気をつけても変えることのできない面があった。でもそれは自分が悪いのではなくて、アスペルガーという発達障害の特性だったのだと気づくことができた。これは私にとって、人生最大の発見でしたね」

 2009年、アズ氏は自身がアスペルガー症候群であることを知った。また介護の現場にいたことで、医療関係者から受けた助言によって数多くの問題も解決していった。

「ネットショップがダメになって介護のバイトに携わり、自分がアスペルガーであることに気づいた。辛い2年間でしたが、決して無駄ではなかったと思います」

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SNS黎明期、またもやビッグウェーブに乗り……

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