野球場テーマパーク化の先駆け? 大阪ドーム・シムランドQにあった幻のジェットコースター

 筆者の記憶でこれを書いているのには理由がある。大阪ドームは一度経営破綻しており、大阪府や大阪市などが出資していた第三セクター企業はもう存在していない。そのため、当時の資料を求め京セラドーム大阪の担当者に問い合わせをしたものの、 担当者:前経営企業の頃の資料はまったく残っておりません。 筆者:写真とかパンフレットとかでもいいので何かありませんか? 担当者:本当に何も残ってないんです、申し訳ありません……  近鉄ファンであった筆者も、当時の資料を探し出そうとしたが、パンフレット等残念ながら処分してしまっており見つからない。運営されていた期間が恐ろしく短いため、ネットで検索をしても遊園地の写真がいくつか見つかる程度で、ジェットコースターが写されたものは、探す限りでは1枚も見つからない。  遊園地跡となった9階は現在「スカイホール」と名前を変え、多目的スペースとなり展示会やイベントなどに利用されている。

大阪ドーム開場当初に他にも存在したカオスな施設

 当時の大阪ドームは何とか人を集めようと考えられた施設がいくつもあった。  球場の横に存在したショッピングモールには、「SOGNI di SOGNI」という、郷ひろみ氏プロデュースの1,2階に渡るイタリアンレストランが存在していた。6年で心斎橋に移転となった後、1階はびっくりドンキーとなったが、2階はしばらく放置されている状況であった。  広い敷地のなかで数多くの施設が存在していたものの、結局は野球を見ている来場客が他の施設を楽しむには移動が必要であり、しかもそこでは野球がモニターなどでも見ることができないなど、現在のボールパーク化した球場と比較すると残念であった点が非常に多い。  現在は阪神なんば線が入ったことでより交通アクセスがよくなり、さらにイオンモールやフィレオ、スーパービバホームがテナントで入ったことにより、人の流れはずいぶんと良くなったと言える。

野球に興味がない人でも1日過ごせる施設からファンが生まれる

神宮球場 球場のボールパーク化であるが、先人の失敗も踏まえて(いるのかはともかく)、誰もが楽しめる空間へ年々進化が続いている。少年野球人口の減少が叫ばれるとはいえ人気を生む仕組みは昔から比べて雲泥の差だ。  とはいえこれは球場が開発できる球団に与えられたもの。神宮球場のような借りてプロ野球球団が使用している場合にはやれることが限られている。  だが、スペースがなくてもちょっとした野球教室があってもいい。6歳の息子は神宮での試合中に飽き始めたころ、キャッチボールがしてみたいと言い出した。試合には飽きてきたが、野球には飽きていなかったのだ。結局スペースもないのでアイスやラーメンなどを食べ歩く選択肢をとったのだが、一旦席を外しても遊べてまた戻れるようなものが増えてくれたらと神宮でも思ったものだ。  6歳の子供、野球のルールまで分かってるわけじゃない。小さい野球ルールの教室であるとかそういう省スペースでも、子供が目先を変えられる何かがあってほしいなと思う。 「1点、1点でいっしょ。でも今は0点と1点。だからヤクルトのかち」  延長11回までの試合をそう振り返った息子。少しいつもより遅い帰宅になってしまったが、途中から観戦意欲が復活した息子の気持ちは、いろいろな施設やイベントで繋がって、筆者のように野球を好きになっていくのかもしれない。  ちなみに息子には帰宅中から帰ってすぐ寝るように言って寝かせました。翌日学校もあるから、ちょっと寝る時間が短くなるけどしっかり寝て、起きて学校がんばろうねと。朝心配だったのだが、起きると元気に覚えたての山田哲人の応援を口ずさんでいた…… 【シグナルRight(佐藤永記)】 半勤半賭のセミギャンブラー。Twitterやニコ生『公営競技大学』にて公営競技について解説をしている。ギャンブラーになろうとしたきっかけは近鉄バファローズを応援する資金を稼ぐためだった。@signalright 公営競技大学
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