日本人が公共の場で、“1人分のスペース”を死守する理由とは?

一方、アメリカ人は「尻で踏むほうが悪い」と回答!

 文明の発展が目覚ましい現代において、こうした問題をズバッと解決するアイデアやグッズが発明されないのが個人的には不思議なのはさておき、これらの行為を迷惑だと感じる根源的な要因が、「公共の場における自身と他人のパーソナルスペースの衝突」にあることは間違いない。 「パーソナルスペース」とは、他人に近付かれると不快に感じる心理的空間のことである。簡単に言えば、「人間の縄張り」だ。  アメリカの文化人類学者エドワード・ホール氏の発表によると、侵入されて不快に感じる身体的なパーソナルスペースは、以下の4つに分類されるという。 1.恋人や家族同士の「密接距離」(0~45cm) 2.友達同士の間にある「個体距離」(45~120cm) 3.同僚や仕事仲間などの間にある「社会距離」(120~350cm) 4.演説会などで聞き手・話し手の間に発生する距離「公衆距離」(350cm~)  この分類でいうと、前出の“攻防”は、そのほとんどが「密接距離」ゾーンで勃発することが分かる。本来、恋人とイチャつくための空間内に、赤の他人の爆睡顔が接近してくれば、不快に思うのは当然のこと。それでも、この狭く慌ただしい日本社会を生きるためには、こうしたストレスばかりの空間に、毎朝毎夕自らの意思で体をねじ込まざるを得ない。  こうした超密接ともいえる他人との不快な身体的距離に対して、精神的な距離は逆に遠いから不思議だ。  混雑した空間で互いの体が接触したとしても、日本では他人同士コミュニケーションが図られることはさほど多くない。「他人なんだから当たり前か」と思う反面、電車の揺れに勢いよく倒れ込んできても、謝るどころかこちらを気に掛ける素振りすら見せない他人に、自分が「人」だと認識されていないような感覚を覚えるのだ。  一方、筆者が最近まで拠点にしていたニューヨークの人々にも、先の「裾尻問題」を聞いてみたところ、興味深いことに、40人中31人が「“尻”のほうが悪い」と回答するに相成った。つまり、日本とは逆にニューヨーカーは「公共の場で1人分のスペースを守らない」よりも「尻で人の所有物を踏む」ほうが悪いと考える人のほうが圧倒的に多いのだ。  ニューヨークの地下鉄車内は、朝夕の通勤ラッシュ時でも日本と比べると驚くほど空いている。日本が「すし詰め」ならば、ニューヨークは「ダイエット中のOLの弁当箱」程度。他人との身体的接触を極端に嫌う彼らは、「知らない人と触れ合うくらいなら、次の電車に乗る」と、乗車をすんなり諦めるのだ。  車内の長椅子においても、体の大きいアメリカ人が堂々と1人で2席分以上のスペースを取り、隣の乗客も互いが触れ合わないようにと、少し離れて座る光景を見るが、それに文句を言う乗客はめったにいない。つまり、ニューヨークの“1人分”は、最低限のパーソナルスペースを含めた空間であるため、そもそも裾を尻で踏むという状況に陥りにくいのだ。  一方、精神的距離においても日本より近く、突然の揺れで隣の乗客に少しでも触れれば、すぐさま謝り合い、目の合った他人同士が「今日はいつになく混んでるわね」、「地上のタクシーはさぞかし空いてるんでしょうね」などと笑い合う。  こうしてニューヨーカーは、他人を「人」として認識することで、互いのパーソナルスペースを確保しているのだ。つまり、他人同士にあるバランスのいい「心身の距離感」が、隣の裾を踏ませない環境を作っているのである。  このようなニューヨークとの文化差に鑑みると、もしかすると日本人は、満員電車での押し合いへし合いに罪悪感を抱かないよう、潜在的に他人を「人」として認識することを避けているのではないだろうか。  それがゆえ、他人と身体的な距離以上に、精神的距離を取ろうと、決められた「1人分」にきっちり収まり、「互いに干渉し合わなくて済む環境」を作ろうとしているのではないだろうか。  だからこそ、いざ隣の裾がはみ出ていたり、知らない顔が肩に乗っかってきたりすると、1人分のスペースすら確保できない満員電車で他人と肌を合わせた時よりも、強いストレスを抱くのだろう。  パーソナルスペースをぶつけ合わせながらも、他人を「意識しないように」と意識する日本人。しかし、互いにせめて自然に「すみません」と声を掛け合えるくらいの存在感があったほうが、朝夕のストレスは今よりずいぶん緩和されると思うに至るのだ。 【橋本愛喜】 フリーライター。大学卒業間際に父親の経営する零細町工場へ入社。大型自動車免許を取得し、トラックで200社以上のモノづくりの現場へ足を運ぶ。日本語教育やセミナーを通じて得た60か国3,500人以上の外国人駐在員や留学生と交流をもつ。滞在していたニューヨークや韓国との文化的差異を元に執筆中。
フリーライター。元工場経営者、日本語教師。大型自動車一種免許取得後、トラックで200社以上のモノづくりの現場を訪問。ブルーカラーの労働環境問題、ジェンダー、災害対策、文化差異などを中心に執筆。各メディア出演や全国での講演活動も行う。著書に『トラックドライバーにも言わせて』(新潮新書) Twitterは@AikiHashimoto
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