元財務省勤務経験から見る「公文書改ざん」問題。東大・財務省・ハーバードを経た山口真由氏が語る

 では、なにが問題だったかのか? 公務員が意図的に自らに、あるいは自らよりも立場が上の「何か」にとって不利な文書を改ざんし、廃棄したのならば、それは言語道断の行為だし、そういうことが起きないようにする仕組みが必要である。具体的には、決裁を電子化して、最終承認の後には書き換えられなくする仕組みや、廃棄扱いにされたファイルを政権の影響力からも完全に独立的した立場の第三者機関が抜打ち検査する仕組みなども考える必要があろう。  ところが、もしそうでなくて、一生懸命に業務を行っていたとしても、能力的な限界はある。まず、ご理解いただきたいのは多くの役所は「文書の洪水」だということだ。1年間に作成される文書は数限りない。いくつかの部署に重複して保管されるものもあれば、内容が重なる部分も多くある。全部を電子データにして保管しておけばよいとの意見もあるかもしれないが、一部が毀損すれば内容が全く読めなくなりうる電子データは、実は、紙よりも脆いとも言われる。歴史的に価値ある文書をできるだけ効率的に後世に残しておかなくてはならないと思うが、公務員にはそのノウハウがない。  また、文書が集中管理されることなく、分散管理されていることも問題だ。それぞれの担当課が、その業務に参照する目的で、各文書が保管されている。時系列で綴じるか、分類ごとに綴じるか、ファイル名や保管位置をどうするかは担当課の判断に任せられる。100年後の子孫が、どう検索し、何を探し当てるかという観点から文書が保管されているわけではない。日々の業務に忙殺される現業の公務員にはそんな余裕はなかなかないのだ。

未来に種をまく――アメリカの公文書管理

 この日本の現状を変えるために、アメリカの公文書管理の現状は、多くの示唆を与えてくれるように思う。  国家の記憶としての公文書をなんとしても守り抜くというアメリカの執念はすさまじい。2000年の始めまで、独立宣言書や合衆国憲法などの重要文書は、毎晩、陳列ケースごと地下6mまで沈み込む仕組みになっていたそうだ。首都が焦土と化しても、歴史文書は守り抜くというアメリカの決意を感じる。  こうした象徴に加えて、実質的な制度も整っている。国立公文書管理館は、記録管理庁として一つの役所となっている。ここにいるアーキビストの多くは、歴史学や図書館学をはじめとする専門的な知識を大学院までかけて学んでおり、社会的地位は高いと聞く。私が直接知っているのは、ハーバードのライブラリアンという似て非なる職業だが(アーキビストは、発行されていない公文書を管理するのに対して、ライブラリアンは、既に発行されている図書を管理する)、その少なくない者が司法試験に合格した高学歴者であることに驚いた。彼らは、私の研究についてカウンセリングし、どの資料がどういう分類で保管されているかを体系的に説明し、私の知りたい情報はどこらへんに眠っているかを懇切丁寧に教えてくれた。アーキビストも、同じようなことをしてくれると聞く。これらの職業は、尊敬される「プロフェッショナル」なのだ。  そして、官庁としての公文書管理館は、各省庁にアーキビストを貸し出しているそうだ。彼らは、不要な文書を廃棄し、貴重な文書を選りすぐって公文書管理に送るためのマニュアルの作成を助けているとのこと。重複する文書の中では、できる限りオリジナルに近いものを、重複する情報の中ではできる限り詳細なものを――こうしたマニュアルを、アーキビストとともに作成する過程は、公務員への教育にもなるだろう。日常的に、アーキビストが官庁に出入りすれば、自らだったり、権力に忖度する形で、都合の悪い文書を削除するという悪弊もやりにくくなるだろう。  森友問題の文書改ざんは、ありえない大問題だと思う。公務員が自らに都合が悪い文書を廃棄しているのではないかという性悪説に立った管理システムも、残念ながら必要になってしまった。さらに言えば、詳細な経緯や、政治家からの生々しい働きかけ――こうした文書を公文書に残さずに、メモに落とすという霞が関の慣習も改められるべきだろう。一定のものは機密指定を受けるべきだと私は思うが、そうはいっても、ある期間を経過した後は歴史の判断に甘んじるべきではないか。  行業に携わる公務員の多くは一生懸命に仕事しているだろうと信じたい。だが、そうであっても、彼らの視点は今このときに使える文書を使いやすく保管することに尽きる。「働き方改革」を扱う厚生労働省の担当部署の残業時間は平均177時間という。少なくとも、中央省庁の公務員の多くは、キャパシティオーバーになっている。100年後の子孫に残すべきものを残す――これを可能にするためには、公務員に猛省を促す必要はある。だが、単なる精神論に陥らない、その能力的な限界を超えるための制度的な改革が必要ではないか。 <文/山口真由> 1983年、札幌市生まれ。東京大学法学部在学中に司法試験、国家公務員Ⅰ種に合格。全科目「優」の成績で2006年に首席卒業。財務省勤務を経て、弁護士として活動したのち、2015年夏からハーバード大学ロースクールに留学。2016年に卒業し、帰国。ハーバードで学んだことを綴った最新刊『ハーバードで喝采された日本の「強み」』(扶桑社)が発売中。
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