いくら「いい女」で惚れていたとはいえ、「離婚しないなら家に乗り込む!」と荒ぶる愛人はいかがなものでしょうか。営業方法としては乱暴ですし、下手すればBさんという大口取引先を失うことになりかねません。
しかし、私は思うのです。その愛人女性には、確実な勝算があったのだろうと。
彼女はすでに、Bさんを虜にさせていたのでございます。数年以上の愛人契約は、「この女性でなくてはダメだ」と思わせる差別化戦略のたまものですから、その上で女性が「私もあなたをこんなに愛しているの。あなたがいなくちゃ生きていけない」と夢中になってみせれば、本妻を仮想敵としたロミオとジュリエットのできあがりです。Bさんは冷静さを欠いた状態になっているのです。
社会的立場のあるBさんからすれば、離婚など絶対にできません。でも愛人に惚れてしまった。誰にも言えない2人だけの関係……Bさんは、そんな風に感じていたのではないでしょうか。これを愛人側から見ますと、クライアントと秘密を共有する「共犯関係」を築き上げたことになります。
そうして2人だけの世界を作り出せば、「離婚してくれないならあなたの家に乗り込む!」と言って3億円を得るくらいの勝負に打って出ても良いのです。
それが証拠に、不動産会社社長のBさんは今でも、彼女の評価を落としておりません。
「あれだけ魅力的な女だったんだから、3億円くらい安いものだ。本当は俺も一緒になりたかったけど、本妻がいるからなあ」
本気にさせた以上、彼女の人生に責任を取りたい。そのためなら資金提供を惜しまないと思わせる術は、まさにスーパー愛人のそれでしょう。
多額の利益を得るには、ときにクライアントから冷静さを失わせることも必要なのでございます。
<文・東條才子>