元町工場勤務の記者が見る”下町ボブスレー”。プロジェクト最大の失策とは?

ブランディングの観点からすると、ソリを無償で提供すべきではなかった

 本来、日本の町工場は、横よりも縦の社会的繋がりが強い。そして、そこで働く職人は文字通り、「職人気質」だ。慣れない作業の中、堅物な職人同士が「横並びの会社の垣根」をいくつも越えて意見を合わせようとすれば、どうしてもモチベーションや考え方、技術力に、ズレやムラが生じてしまう。  こうした違いを少しでも出さぬよう、全職人共通の指標は、自然と「シンプルで完璧な製品」となるのだが、モノづくりの世界では、「シンプルで完璧=いい製品」とは必ずしもならず、本当にいい製品かはその「造り手のクセ」が「使い手の好み」にマッチするかで決まる。  そのため、こうした一品ものを製造する際には、作り手が製造の初期段階から使い手に寄り添って、「味」や「クセ」を工程に練り込む必要があるのだ。  そんな中、今回、職人集団の下町BPと、外国人競技者であるジャマイカチームとの間では、果たしてこうした意見や感覚の擦り合わせが徹底的にできていたかといえば、疑問が残るところだ。  というのも、レギュレーション違反直後に下町BPが発言した「すぐに修正できる細かい違反だけ。一時は合格も出た。五輪には間に合う」という言葉からは、ジャマイカチームの「いい記録を出したい」という目的とは違う、「オリンピックで採用してもらいたい」といった、「ワンランク下」の目的をひしひしと感じてしまうのだ。  ボブスレーのソリ製造において、BTC社が極小工場でありながらも、BMWやフェラーリなどの大手自動車メーカーと肩を並べられる理由は、ボブスレー経験者が製造開発から関わることで、こうした選手の要求や感覚を肌で理解・共感し、調整の依頼にも即座に対応できるところにあるといえる。  味のしない「150社の“プロジェクト”」と、味を自在に変えられる「6人の熟練ボブスレー工場」の差は、やはり大きい。  元技術屋という立場からすると、今回の件で最も残念だったのは、実は、下町製のソリがオリンピックで使われなかったことではない。そのソリが「無償」で提供されたことにある。  国内で自社製品をPRする際、「無償提供」をよしとする傾向にあるが、どんな事情があるにせよ、世界に日本の技術をアピールするのならば、無償をよしとする感覚は、もたないほうがいい。  こうした下手の姿勢は、海外では相手に交渉権を握られる原因になることがある。簡単に言えば「舐められる」のだ。  ましてや今回のような世界的大舞台で、結果的に国を挙げてPRすることになった日本の最高技術を「無償提供」することは、技術ブランディングの観点からすると、真逆の行為以外の何ものでもない。  しかも下町製のソリは、前回大会のソチオリンピックでも同じような理由で不採用となっており、今回もジャマイカチームの使用前に自国の代表チームに採用を断られている。  ジャマイカチームからすれば「自国チームに採用されなかった無償のソリ」だ。契約違反であるとはいえ、「ダメなら使わなければいい」という気持ちは、有償よりも生まれやすくなる。  技術ブランディング力の弱さは、今回の下町BPに限ったことではない。日本の製造業界は、総じてこの技術ブランディング力に乏しい。  中でも日本の中小零細企業は、未だその多くが大手企業からの受注に生計を頼っており、自社技術を自ら発信する術を持たないのが現状だ。同じモノづくり大国であるドイツの『ミッテルシュタンド(中小企業)』の存在価値に比べると、日本の「下町ブランド」は、現状、世界レベルに達してないといえる。  そんな中、刻一刻と近づく2年後の東京オリンピックが、こうした中小零細企業にとって、またとない技術ブランディングの機会となることは言うまでもない。が、その一方で技術力が衰退する日本製造業全体にとっては、大きな山場でもある。  2020年が「元年」になるか「幕切れ」になるかは、今後の中小零細企業の技術発信力にかかっているといっていい。日本が今後、モノづくりの国として生き残るためにも、今回の失敗から学ばねばならないことは多いはずだ。 【橋本愛喜】 フリーライター。大学卒業間際に父親の経営する零細町工場へ入社。大型自動車免許を取得し、トラックで200社以上のモノづくりの現場へ足を運ぶ。その傍ら日本語教育やセミナーを通じて、60か国3,500人以上の外国人駐在員や留学生と交流を持つ。ニューヨーク在住。
フリーライター。元工場経営者、日本語教師。大型自動車一種免許取得後、トラックで200社以上のモノづくりの現場を訪問。ブルーカラーの労働環境問題、ジェンダー、災害対策、文化差異などを中心に執筆。各メディア出演や全国での講演活動も行う。著書に『トラックドライバーにも言わせて』(新潮新書) Twitterは@AikiHashimoto
1
2
バナー 日本を壊した安倍政権
新着記事

ハーバービジネスオンライン編集部からのお知らせ

政治・経済

コロナ禍でむしろ沁みる「全員悪人」の祭典。映画『ジェントルメン』の魅力

カルチャー・スポーツ

頻発する「検索汚染」とキーワードによる検索の限界

社会

ロンドン再封鎖16週目。最終回・英国社会は「新たな段階」に。<入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns>

国際

仮想通貨は“仮想”な存在なのか? 拡大する現実世界への影響

政治・経済

漫画『進撃の巨人』で政治のエッセンスを。 良質なエンターテイメントは「政治離れ」の処方箋

カルチャー・スポーツ

上司の「応援」なんて部下には響かない!? 今すぐ職場に導入するべきモチベーションアップの方法

社会

64bitへのWindowsの流れ。そして、32bit版Windowsの終焉

社会

再び訪れる「就職氷河期」。縁故優遇政権を終わらせるのは今

政治・経済

微表情研究の世界的権威に聞いた、AI表情分析技術の展望

社会

PDFの生みの親、チャールズ・ゲシキ氏死去。その技術と歴史を振り返る

社会

新年度で登場した「どうしてもソリが合わない同僚」と付き合う方法

社会

マンガでわかる「ウイルスの変異」ってなに?

社会

アンソニー・ホプキンスのオスカー受賞は「番狂わせ」なんかじゃない! 映画『ファーザー』のここが凄い

カルチャー・スポーツ

ネットで話題の「陰謀論チャート」を徹底解説&日本語訳してみた

社会

ロンドン再封鎖15週目。肥満やペットに現れ出したニューノーマル社会の歪み<入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns>

社会

「ケーキの出前」に「高級ブランドのサブスク」も――コロナ禍のなか「進化」する百貨店

政治・経済

「高度外国人材」という言葉に潜む欺瞞と、日本が搾取し依存する圧倒的多数の外国人労働者の実像とは?

社会