<JR北海道の試練2>札幌~旭川~名寄~稚内と鉄道移動して肌で感じたJR北海道の「問題」

車掌が言った言葉に衝撃を受ける

 乗車時に料金を払い損じた私は、車掌に切符を買う時間がなかったことを詫び、どこでどのように運賃を払えばいいのかを聞いた。 「もうすぐ音威子府(おといねっぷ)という駅に泊まりますので、そこで支払って下さい」  そこまではごく普通のやりとりだった。筆者は了解の旨を伝えたが、その次に驚くべき言葉が出てきた。 「ただし五分以内に、必ず16:10までにお支払いください」  どういうことかと聞くと、次のような説明が返ってきた。  この電車自体は16:05に音威子府駅へ到着する。その後電車は約一時間の休憩に入り、次に動くのは17:07となる。  そして音威子府駅には窓口があるわけだが、(普段は人が来ないので)16:10にはシャッターを閉めてしまう。だからその前にお支払いください、とのことだった。  つまり、JR北海道でも特に道北へ行くと、そもそも人が乗ってこないという前提ですべてが動いているのだ。これでは働き甲斐とか張り合いといったものがないに違いない。  その音威子府駅に着くと、たしかに駅舎はしっかりとした構造になっている。それまでに見たおんぼろ駅とは違う。  幸い、乗車券の会計はカード支払いが可能だった。同駅の「黒そば」はネット上でもかなり評判が高く、開店していればぜひ試してみたいところだったが、営業時間は10時~15時半、つまり四時をすぎるととっくに閉店しているのだ。  「黒そば」の代わりに、筆者は近くの駄菓子屋へ買い出しに行った。北海道限定「リボンナポリン」を買って車両に戻ると、手持無沙汰の車掌氏がいたので少し会話してみることにした。 「私は今日東京から来ていますけど、普段はどんな方が乗ってくるのですか?」 「普段ですか……毎日乗ってこられるのは、近くの村からこの音威子府の郵便局に通勤してこられる女性が一人ですかね」  一人だけかい! 私はずっこけそうになった。  果たして、たった一人の女性の足のために血税を投入して鉄道を維持することが正しいのだろうか。企業としても、これ以上赤字を垂れ流してどうするのか。さっさと損切りするのが常道なのではないかという思いに駆られた。  よく「地元住民を見捨てるのか」という人がいるが、心配しなくても北海道民は自動車移動が全ての前提になっている。特急はいざ知らず、鈍行に関してはもはや完全に役割は終えているとしか思えない。  筆者は「鉄オタ」でもなければ経営者でもない。だから細かい数字などを見て判断しているわけではないが、この現状を見せられると答えは明らかではないか。常識で考えて、たった一人の女性の足のために血税を投入して鉄道を維持することが正しいとは思えない。企業としても、これ以上赤字を垂れ流してどうするのか。さっさと損切りするのが常道だろう。旅行者も、みなレンタカーで道内を移動している。自治体再建に取り組んでいる夕張市が率先して「鉄道廃止」を提案しているのが何よりの証拠である。  念のため、筆者の友人で北海道の名寄出身である石田五段にも聞いてみた。 「将棋の札幌大会に初出場したとき、移動手段はどうしたの?」 「親に自動車で送ってもらいました」 「そうすると、鉄道ってどんなときにいるのかね?」 「もういらないと思いますよ。今は高速もできて便利になりましたから、名寄と札幌が直結になるバス路線があればそれで十分ですよ」  とのことだった。  こうして約一時間の停車を終え、筆者を乗せた電車は稚内を目指し北へ北へ向かった。  その後の駅も、どうみても人の乗降が多いようには思えない。近隣に村があるわけでもなく、駅舎も修繕が一切施されていないのが一目瞭然である。中でも、秘境駅として知られる「安牛駅」は極め付きである。
安牛駅

「安牛駅」photo by IRishikawa521 via wikimedia commons(CC BY-SA 4.0)

 結局この約5時間の移動のうち、七割か下手したら八割の区間が筆者の「貸し切り車両」だった。  結局この電車は7時過ぎ、南稚内から稚内の間のみ部活を終えた帰りと思われる中学生・高校生が数多く乗り込んできた。  やっと、この路線で電車を維持する意義が見いだせた。言い換えれば、南稚内と稚内間だけ登下校時に電車を動かせばいいのではないか。いや、それさえもバスに置き換えが可能ではないか。  これからJR北海道を再建するには、よほど中国や台湾・東南アジア諸国の観光客を呼び込んで何か劇的な対策をうつか、新千歳と札幌近辺の路線・地下鉄のみを残して大胆な廃線・スリム化を進めていくくらいしか、方法はないかもしれない。 【タカ大丸】  ジャーナリスト、TVリポーター、英語同時通訳・スペイン語通訳者。ニューヨーク州立大学ポツダム校とテル・アヴィヴ大学で政治学を専攻。’10年10月のチリ鉱山落盤事故作業員救出の際にはスペイン語通訳として民放各局から依頼が殺到。2015年3月発売の『ジョコビッチの生まれ変わる食事』(三五館)は12万部を突破。最新の訳書に「ナダル・ノート すべては訓練次第」(東邦出版)。  雑誌「月刊VOICE」「プレジデント」などで執筆するほか、テレビ朝日「たけしのTVタックル」「たけしの超常現象Xファイル」TBS「水曜日のダウンタウン」などテレビ出演も多数。公式サイト
 ジャーナリスト、TVリポーター、英語同時通訳・スペイン語通訳者。ニューヨーク州立大学ポツダム校とテル・アヴィヴ大学で政治学を専攻。’10年10月のチリ鉱山落盤事故作業員救出の際にはスペイン語通訳として民放各局から依頼が殺到。2015年3月発売の『ジョコビッチの生まれ変わる食事』は15万部を突破し、現在新装版が発売。最新の訳書に「ナダル・ノート すべては訓練次第」(東邦出版)。10月に初の単著『貧困脱出マニュアル』(飛鳥新社)を上梓。 雑誌「月刊VOICE」「プレジデント」などで執筆するほか、テレビ朝日「たけしのTVタックル」「たけしの超常現象Xファイル」TBS「水曜日のダウンタウン」などテレビ出演も多数。
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