囲碁の世界でたった一人、“人種差別”と闘う日本人・井山裕太<1>

張栩

台湾出身の囲碁棋士、張栩(ちょう・う)は史上初の五冠王、史上二人目のグランドスラム達成、通算七大タイトル獲得数歴代5位など多数の記録を保持する

張栩九段が語る、井山の強さ

 そもそも、謝爾豪に限らず、世界戦に出てくる若手中国人棋士はどのような人生をたどり、今の強さを手に入れているのか。 「謝五段個人のことを詳しく知っているわけではないですが、一般的にこの世代の中国人棋士はものすごく厳しい環境で育ってきています。競争が非常に厳しく、中国各地に道場があり、そこに親が借金を背負ってでも高い月謝を払って子供を通わせていますから親の期待による子供への重圧も強く、まともに小学校にも行かず一日十時間以上囲碁を打っている場合が多いのですよ。下手したら文字の読み書きさえ怪しいかもしれない。そこまでやっていれば若いうちに強くなるのもある意味当然です」  張栩自身もそうだし、井山裕太もそうだが、日本のトップ囲碁棋士の大部分は中卒である。ある意味で、日本の棋士が世界で戦ううえで最も足かせとなるのがこの義務教育にさく時間と労力である。 「そういう一面は確かにありますね。僕自身高校に行っていませんが、その時間を囲碁に割けないのは惜しいと思いましたし、実際先輩棋士の多くが中卒ですからその点に迷いはありませんでした。将棋はその点高卒以上の人が多いから事情が違うのかもしれませんね。他人事だからどうでもいい、と言えばそれまでですが僕の感覚からすると高校で実績を残したものすごく優秀な野球選手が大学へ行くのはちょっともったいないよな、といつも思います。もう道が決まっているのに遠回りするのは理解できないです」  今から三十年近く前に張栩は台湾から日本へやってきただが、当然彼は日本語がわからず苦しんだ。  逆に言えば、中国へ行けば少なくとも言語の壁には悩まされず囲碁に集中できたのではないか。 「当時は囲碁に関して日本が一番強く、日本一イコール世界一というのが常識でしたからね。僕も中国の子供の大会に出て中国でプロ棋士を目指す話もいただきましたが、当時はよりレベルの高い日本を目指すのが自然でした。そして私の師匠でもある林海峰先生から始まり台湾から日本に来るという一つの流れがずっと続いていますから」  その後時代は変わり、日本囲碁は凋落した。そんな中で日本からああいう世界戦に出場する資格を得るためにはどうすればいいのか? 「今回のLG杯に限らず、世界戦はだいたい本戦に行くまでの予選を延々と勝ち続けなければなりません。ただ、本選の32人に入るまでは賞金が出ないのですよ。ですから日本など外国から棋士が行くとなると完全に持ち出しになってしまいます。井山さんは日本が持つ3つのシード枠の一つで出場しているわけですが、本選32人に残るレベルの棋士はみな日本ならタイトルを獲ってもおかしくない実力者ばかりです。井山さんは日本の七冠を独占しているわけですから、日本の棋士の中で一人だけ図抜けているわけで、今のところ世界の舞台で戦えるのは井山裕太だけというのが日本の現状です」  井山裕太は、幼少時から日本囲碁界の期待を一身に背負ってきた。 「井山さんは小2のとき小学生大会で優勝していましたからね。6年生もいる大会ですよ。普通おかしいですよね。そのころ僕はタイトルを持っていて、彼が小5のときから何度かテレビなどで指導対局しましたが、こちらは全然“指導”とは思っていなくて、いつかこいつがオレの首をとりにくるのかな、日本囲碁界を背負って立つんだろうなと思っていました」  次回は、張栩から見た井山裕太の成長の軌跡をもう少し深く掘り下げていきたい。 【タカ大丸】  ジャーナリスト、TVリポーター、英語同時通訳・スペイン語通訳者。ニューヨーク州立大学ポツダム校とテル・アヴィヴ大学で政治学を専攻。’10年10月のチリ鉱山落盤事故作業員救出の際にはスペイン語通訳として民放各局から依頼が殺到。2015年3月発売の『ジョコビッチの生まれ変わる食事』(三五館)は12万部を突破。最新の訳書に「ナダル・ノート すべては訓練次第」(東邦出版)。  雑誌「月刊VOICE」「プレジデント」などで執筆するほか、テレビ朝日「たけしのTVタックル」「たけしの超常現象Xファイル」TBS「水曜日のダウンタウン」などテレビ出演も多数。公式サイト
 ジャーナリスト、TVリポーター、英語同時通訳・スペイン語通訳者。ニューヨーク州立大学ポツダム校とテル・アヴィヴ大学で政治学を専攻。’10年10月のチリ鉱山落盤事故作業員救出の際にはスペイン語通訳として民放各局から依頼が殺到。2015年3月発売の『ジョコビッチの生まれ変わる食事』は15万部を突破し、現在新装版が発売。最新の訳書に「ナダル・ノート すべては訓練次第」(東邦出版)。10月に初の単著『貧困脱出マニュアル』(飛鳥新社)を上梓。 雑誌「月刊VOICE」「プレジデント」などで執筆するほか、テレビ朝日「たけしのTVタックル」「たけしの超常現象Xファイル」TBS「水曜日のダウンタウン」などテレビ出演も多数。
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