囲碁の世界でたった一人、“人種差別”と闘う日本人・井山裕太<1>

 21世紀日本に、たった一人で公然と存在する“人種差別”と闘い続ける男がいる。

 去る2月8日、羽生善治を超える二度目の国内七冠制覇を果たした井山裕太は、東京・市ヶ谷の日本棋院で開催された世界戦・LG杯朝鮮日報棋王戦決勝三番勝負の第三局を戦い、中国の謝爾豪五段に敗れた。

 この日の日本棋院は二階で開催された大盤解説も満員御礼状態で、溢れた人が一階のテレビモニターにくぎ付けになっていた。テレビカメラも含む報道関係者も集まり、明らかに単なる囲碁タイトル戦を超える異様な熱気に包まれていた。

 勝負の決着がついたころ、筆者の隣から何やら韓国語が聞こえてきた。少しだけ韓国語を習ったことがある筆者は聞いてみた。

 「韓国棋院の方ですか?」
 「いえ、朝鮮日報です」

 主催者一同だった。そして侮蔑を隠さず公然と言い放った。

「イヤマだけの話ではなく、日本の囲碁自体が全然下でお話にならないからね」

 筆者は言い返した。

「日本では、囲碁は国家事業ではありませんからね。中国とはそこが違うのですよ」

 井山裕太という一個人が中国、あるいは韓国の国家プロジェクトに立ち向かっている、それが棋士・井山裕太の偉大さではないのですか、という意味を言外に込めた。囲碁の世界には、まだまだトップレベルに及ばない日本に対する公然とした差別が現存するのを目の当たりにした。

 だが、ある意味で日本囲碁は下に見られてもなかなか反論できない現況がある。

 井山裕太の前に世界戦決勝に進出したのは、2007年1月の張栩九段戦までさかのぼらなければならない。このときのトヨタ杯準優勝以来、世界戦で決勝まで駒を進めた日本の棋士はいない。

 そこで、今回の決勝第三戦で大盤解説を務めていた張栩に、後日あらためて時間をもらい、話を聞くことにした。

 張栩は1980年に台湾台北市に生まれ、六歳半のときから父親の囲碁英才教育を受けて急速に力を伸ばした。

 1990年に来日、林海峰名誉天元の内弟子となり、1994年にプロ入りを果たす。2003年に初タイトルの本因坊、そして王座を獲得し、2005年には先述の世界戦優勝を果たし、2009年には史上初の五冠王となり、2010年には現行タイトル7つを全て獲得するグランドスラムを達成した史上二人目の棋士となった。

 実績を書き連ねるとキリがない、日本棋院を代表する大物棋士である。

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