去る者を追わないアメリカ人、別れの余韻に浸る美学などはない

「バイバイ」からの余韻が恐ろしく短い

 こうして始まった新年も、日本は4-5日正月休みを満喫するところ、アメリカでは2日から働き始めるところがほとんどで、職場でも「明けましておめでとう」「どんな休みだった?」と軽く会話を交わす程度。クライアントに「昨年は大変お世話になりました」といった挨拶をすることもなく、前出の新年会というくくりでの飲み会も、ほぼ存在しない。  こうした余韻に対する「塩気」を感じる瞬間は、年末年始だけでなく、日々の生活の中でも度々見受けられる。  例えば、日本によくある「その節は」からの挨拶。こうして過去のことを何度も「ありがとう」や「すまん」と繰り返すことは、アメリカでは「ヘコヘコばかりしている人」、「切り替えのできない人」などと捉えられてしまう。  彼らには、こうした気持ちはその時、その場で100%伝えきる、というのが流儀のようだ。  また、一緒に地下鉄に乗った友人との別れ際、自分の駅が近づくと、会話を締めくくり、バイバイしながらドアのほうへ向かうというシーン。  ここまでは日本もアメリカも変わらぬ光景なのだが、ドアが開いて電車を降りる直前、日本人は笑顔を作り直し、友人を今一度振り返り「とどめのバイバイ」をするところ、アメリカでそれをやると、振り返った先に、さっさとヘッドホンを耳に当て、スマホを操る友達の姿を目撃することになる。 「とどめのバイバイ」のために上げた手と口角は行き場を失い、「私たちの仲はそんなもんなのか」と動揺しながら、筆者も何度電車を降りたことか知れない。  友人が先に電車を降りた場合も、電車が動き出すまで見送ってくれたことはほとんどない。こちらでは、まさしく「バイバイと言ったらバイバイ」なのである。  こうした「去るもの追わず」の国のためなのか、降り立ったアメリカの空港では、時に2時間も並んで入国審査を待たねばならないのに対し、出国審査は、その存在すらない。  これはもちろん、帰国する観光客に限ったことではなく、例えば、アメリカンドリームをつかめずに自国に戻る人や、さらには長年アメリカで生活していた不法滞在者であっても、特別な出国手続きは必要ない。  そのため、こうした入国とは真逆の「摩擦力ゼロ」の出国は、彼らには「さっさと帰れ」に感じるもので、最後の最後にここ一番の挫折感を抱かせられる外国人も少なくないのだ。  そう考えると、日本の「去りゆくもの」に対する考え方や、余韻を味わう文化の根本は、終わりを良くして全てを良くする、良くした終わりを懐かしむ、という考えから生まれたものなのかもしれない。  こうした日本独特の美意識は、最近、世界から共感されはじめ、桜や花火の儚さに心打たれたり、「わびさび」の精神を学ぼうとしたりする外国人も多い。  去るものに敢えて与える摩擦力。友人が筆者の「とどめのバイバイ」に応えてくれる日もそう遠くないかもしれない。 【橋本愛喜】 フリーライター。大学卒業間際に父親の経営する零細町工場へ入社。大型自動車免許を取得し、トラックで200社以上のモノづくりの現場へ足を運ぶ。その傍ら日本語教育やセミナーを通じて、60か国3,500人以上の外国人駐在員や留学生と交流を持つ。ニューヨーク在住。
フリーライター。元工場経営者、日本語教師。大型自動車一種免許取得後、トラックで200社以上のモノづくりの現場を訪問。ブルーカラーの労働環境問題、ジェンダー、災害対策、文化差異などを中心に執筆。各メディア出演や全国での講演活動も行う。著書に『トラックドライバーにも言わせて』(新潮新書) Twitterは@AikiHashimoto
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