ファストファッションの巨人、ZARA創業者のアマンシオ・オルテガがアパレル事業からの引退を決意

白石和幸

Gpccurro via Wikimedia Commons (CC BY-SA 4.0)

 アパレル業界の王者で、ファストファッション(Fast Fashon)の神髄を誰よりも素早く披露して成長させたZARA(ザラ)の創業者Amancio Ortega(アマンシオ・オルテガ、81歳)が、遂に彼が築き挙げたZARAなどを含む親会社Inditex(インディテックス)の経営から完全に引退することを決めた。インディテックスに関連して彼が経営に関与していた53の企業についても同様の決定をしたと、12月13日付のスペイン各紙が報じた。

 1975年にスペインの北西地方に位置するガリシア州のコルーニャ市で当時流行していたガウンなどを生産して販売するために1店舗から始めたオルテガのアパレル事業活動への従事はここで終止符が打たれることになる。

スペイン人にとって「松下幸之助」のような存在

 スペイン人たちにとって、アマンシオ・オルテガは畏敬の対象である。一代でスペインの一地方から世界企業に育て挙げたオルテガの才覚もさることながら、オルテガの常に控えめなところも、その尊敬を集める理由だ。80年代から急成長していたZARAではあったが、その創業者の名前は知られていても、スペイン人が彼の姿を見るようになったのは90年代末からである。それも報道メディアによるスポット写真からであった。

 一般的に、企業が有名になると、マスコミがそれを取り上げて、その経営者も自社の宣伝を兼ねてマスコミの取材に応じるものだ。しかし、オルテガは報道関係からの彼自身についての取材は一切断っていた。今では、彼の写真が報道メディアでも掲載されることは頻繁になっているが、彼がインタビュー記事やテレビやラジオに出演することは一切ない。全く、皆無なのである。よって、大半のスペイン人は彼がどのような「声」をしているのかもわからない。

 松下幸之助が多数の著作を残しているのとは反対に、彼は著作を書いたこともない。また、彼について取り上げた本も2、3冊である。何しろ、そのような目的の為の取材にも一切応じないということであるから、彼についての本も書けないのである。

 2015年6月の電子紙『Diario.es』によると、インディテックスの本社には彼の執務室はないという。本社には頻繁に顔を出すそうではあるが、そこで執務を取るというのではなく、各部署を回ったりして、従業員と会話をするのが彼の本社での仕事だという。彼のデスクはアルテイショ町のデザイン本部にあるそうだ。

オルテガが大事にした3つの「B」

 インディテックスの主軸になっている企業はZARAで、8つのブランド企業の中でZARAが売上の6割を占め、オルテガはインディテックスの59.294%の株主である。その株価は600億ユーロ(7兆9800億円)以上と評価されている。(参照「Voz Populi」)

 インディテックスが誕生する前に、ZARAのブランドでオルテガはファスト・ファッション事業を始めた。この事業を発展させる為の基本ポリシーは「3B」であった。

 Bueno(good)、Barato(cheap)、Bonito(beautiful)の3つである。

 それに加えて、消費者の「口込宣伝」をマーケティングの基本とした。その為に、店舗を構える時は各都市の人通りの多いメイン通りやプラザ広場に開設するようにした。しかも、それを更に徹底させる為にそのメイン通りの左右に店舗を構えるのである。それに必要なだけの8つのブランドをもっている。

 テレビや紙面で広告することはない。あっても、それは非常に稀である。その代りに、主要紙がZARAそしてインディテックスのことを取り上げてくれることには協力した。しかし、当然ながらその時もオルテガの登場はない。

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