ランコ・ポポヴィッチ、あのサラゴサ大逆転劇を語る

スタジアムまで2kmの長蛇の列ができ、グッズはすべて売り切れ

 わかりやすい例として、テニスを挙げよう。  テニスのシーズンは1月から11月まで続く。本格的なオフは一か月しかない。  サッカーは一試合90分で、せいぜい週二回だ。テニスは3,4時間続くことがざらで、しかもグランドスラムなら一日おきに試合がある。  中断が絡めば、三日連続も珍しくない。筆者はよく、冗談半分で友人のプロサッカー選手をからかう。「お前さんのスポーツ、テニスと比べたらラクだな」。  まだ反論できた選手は一人もいない。なお、監督は一人反論してきた。ちなみに、アフシン・ゴトビという男である。 「そんなことを言うなら、一度筆者のスタッフと一緒にフットボールやってみるかね? テニスは走っていても、我らがフットボールと違い、毎回サーブの前に止まるではないか」  話をテニスに戻すが、確かにテニスの日程は過密である。しかし、「自分でわざと過密にしてしまう」選手がいるのもまた事実である。筆者がここ数年観察してきた結果、「グランドスラム直前に小さな大会に緊急参戦する」選手は必ず負けるという一種の法則があることを悟った。  要は中間期末試験の直前に一夜漬けをするような話であり、学生の世界でも通用しないようなことがトッププロの競争で通用するはずがないのである。  実は全く別の機会に、当時サラゴサのDFだったマリオ・アブランテという選手にもバンコクで話を聞いたことがある。「あの試合に負けた翌日、練習場でランコはどんな顔してたんだ?」と聞くと、マリオは感嘆を隠せない様子で答えた。 「それが、いつもと全然変わらなかったんだよな。いつも通りの冷静な様子で、ランコは練習を進めていたよ。オレのプロ生活もそろそろ終わりだし、選手を引退してもフットボールに関わりたいとは思っているけど、あのときのランコの様子を見るととても監督は務まりそうにないな」  再びポポの独白に戻ろう。 「元々熱狂的ということでスペイン全体に知られていたサラゴサだが、ここ数年は二部に落ちて財政難ということもあり、かつてあった誇りが失われていた。子供たちは、メッシやクリスティアーノ・ロナウドと違ってカッコ悪いからとレアル・サラゴサのシャツを着て学校に行くことがなくなっていたし、着ていた子がいじめられたという例もあったようだ。  ところが、あの大逆転をきっかけに自分たちの子供がストライカーのボルハや中盤の要・ペドロのシャツを着るようになった、と会見のとき地元の記者が言ってくれたんだ。あれは嬉しかったな。 そして第二ラウンドのラス・パルマス戦で何が起きたか知ってるか? スタジアムまで2kmも行列ができたんだぞ。サラゴサのボールペン、旗、シャツ、タオル、とにかく何もかもが売り切れになったんだよ。最高だったね」 「ポポが監督に就任したとき、サラゴサは大変だったよな」筆者が聞いた。 「そうだよ。財政問題が深刻で選手に高額の年俸は払えなかった。選手にも怪我人が続出してな、元々18人しかいなかった選手がプレーオフのときには14人しか残っていなかった。怪我人のうち一人はストライカーのボルハだよ。リーグ戦最後の5試合は、ボルハ抜きで勝ち抜いてプレーオフ進出だからな」  Airbnbを運営している我が家には、ときどきスペイン人が泊まりに来る。男はほぼ例外なくサッカー好きで、このサラゴサの大逆転劇を覚えている。  そのときに筆者が「オレはスペインサッカーの歴史上、最初で、最後で、唯一のプレーオフ大逆転勝利を演出した日本人だぞ」と言うと、全員が文字通り鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。それからポポの記者会見における「逆転勝利宣言」の映像を見せると、やっと納得する。  もうしばらく、筆者もこのネタを使わせてもらうこととしよう。 【タカ大丸】  ジャーナリスト、TVリポーター、英語同時通訳・スペイン語通訳者。ニューヨーク州立大学ポツダム校とテル・アヴィヴ大学で政治学を専攻。’10年10月のチリ鉱山落盤事故作業員救出の際にはスペイン語通訳として民放各局から依頼が殺到。2015年3月発売の『ジョコビッチの生まれ変わる食事』(三五館)は12万部を突破。最新の訳書に「ナダル・ノート すべては訓練次第」(東邦出版)。  雑誌「月刊VOICE」「プレジデント」などで執筆するほか、テレビ朝日「たけしのTVタックル」「たけしの超常現象Xファイル」TBS「水曜日のダウンタウン」などテレビ出演も多数。公式サイト
 ジャーナリスト、TVリポーター、英語同時通訳・スペイン語通訳者。ニューヨーク州立大学ポツダム校とテル・アヴィヴ大学で政治学を専攻。’10年10月のチリ鉱山落盤事故作業員救出の際にはスペイン語通訳として民放各局から依頼が殺到。2015年3月発売の『ジョコビッチの生まれ変わる食事』は15万部を突破し、現在新装版が発売。最新の訳書に「ナダル・ノート すべては訓練次第」(東邦出版)。10月に初の単著『貧困脱出マニュアル』(飛鳥新社)を上梓。 雑誌「月刊VOICE」「プレジデント」などで執筆するほか、テレビ朝日「たけしのTVタックル」「たけしの超常現象Xファイル」TBS「水曜日のダウンタウン」などテレビ出演も多数。
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