このように続々と登場している「座れる通勤列車」だが、その歴史は意外と古い。鉄道ライターの鼠入昌史氏に話を聞いた。
「通勤時間帯の着席サービス列車は、‘84年に国鉄が東北本線に走らせた『ホームライナー大宮』が最初とされています。回送の特急列車を流用したもので、それが人気となったおかげで多くの路線で運転されるようになり、私鉄にも広がっていったという見方が正確でしょう。JRのグリーン車も、着席補償こそないものの、快適通勤のサービスに近い部類です。なぜ今になってこれだけ注目されているかというと、これまでやっていなかったところが始めたという部分が大きいのだと思います」
新しいサービスの開始に合わせて、新型車両が導入されていることも、話題になっている理由のひとつ。鉄道会社にとっての「顔」である車両は、ブランドイメージの刷新には最適な存在だ。
では、なぜ各社はこぞって「座れる通勤列車」を取り入れているのか? 鼠入氏はその狙いを次のように分析する。
「当然ですが、まずは快適性の向上です。より乗客に選んでもらえるよう、いかに付加価値を出せるか。最近ではただ着席できるだけでなく、全席コンセント完備、空気清浄機付きの車両なども誕生しています。また、こうした形の通勤列車は観光にも繋げやすい。例えば西武秩父や本川越方面へ向かう西武鉄道の特急『レッドアロー号』です。新幹線のようなクロスシートは、通常の車両のようなロングシートより非日常感が出るので、旅行気分を演出するのにも役立ちます」
多少お金を払ってでも、ゆったり座りたいという乗客の確保、観光への応用といった短期的な効果だけではなく、より長期的なプランも見え隠れする。
「全国的に人口が減少するなか、いかに乗客を確保するかは大きな課題です。ターゲットはこれから郊外に家を買う現役世代。子供がいるとなれば、育っていくうえで自然と沿線に親しみが湧きますし、大きくなったときに次の世代が同じ沿線に住む可能性も高まります。つまり、沿線価値の向上は未来の沿線人口の確保に繋がる。10年、20年先を見据えた戦略なんです」
鼠入氏によれば、「座れる通勤列車」も乗車率はまちまち。新サービスそのもので乗客を増やすというよりは、選択肢を増やすことで、路線全体の魅力を高める効果が期待されているのだ。こうした動きは首都圏だけではなく、関西圏でも見られる。
「例えば、関西国際空港行きの特急『ラピート』を運行する南海電鉄では、なんば~和歌山市間にも特急『サザン』を走らせています。こちらは普通車では特別料金不要、指定席のみ有料という通勤ライナー色の強いもの。南海高野線では泉北高速鉄道に直通する『泉北ライナー』が登場するなど、東京と同じ動きが見られます。さらにこれまで特別料金が不要だった京阪特急にも『プレミアムカー』が導入されました。こちらは1両だけ特別仕様で、専用のアテンダントもついている。付加価値をつけようという動きの代表例と言えるでしょう」
全国に広がる「座れる通勤列車」導入の流れ。混雑緩和や乗車率アップといった効果をイメージしがちだが、その真の効果は未来の沿線人口の数に現れるだろう。
<取材・文/林泰人>