うかつに転職したら訴訟沙汰に! 「競業避止義務」と「職業選択の自由」の境界線

工場勤務時代の筆者

 長く不安定な状態が続く日本経済のもと、この国特有とも言われてきた「終身雇用神話」は、ずいぶんも前から崩壊している。  日本を代表するような大企業でさえ一寸先が見えず、希望退職者を募っては、賃金の安い派遣社員を毎日増減させて便利に扱う。  “スキルアップ”の手段が“転職”とイコールで繋がる現代の考え方からみても、すでに終身雇用は、雇用する側にもされる側にもメリットを見出せるものではなくなってきていると言えるだろう。つまるところ、“転職”は、前段階の「就職活動中」から見据えておくべき将来事なのだ。  こうして今後やってくるであろう自身の転職活動の際に、技術を売っていた元工場経営者として気に留めておいてほしいことがある。それは、「競業避止義務契約」の存在だ。  詳細は後述するが、同契約は一口で言うと、「同業・競合他社への転職を禁ずる」もの。入社時などにサインした雇用契約書や、就業規則などに「同業他社への転職禁止」について明記されている場合、それを順守しないと、退職金の減額や、最悪の場合には訴訟問題へと発展する恐れもある。  多くの企業は、独自の技術やノウハウを試行錯誤のうえ生み出し、競合他社との差別化を図っている。この行程や結果は、企業の存在意義・価値そのものとなるゆえ、「情報漏えいに対する危機管理」は、企業にとって「営業活動」、「社員育成」と並び、全力で対峙せねばならない最重要課題の1つだといっても過言ではない。  ところが、昨今の終身雇用神話の崩壊は、情報のデジタル化の到来と相まって、企業間の情報漏えいを引き起こす大きな要因になっているのだ。  今回は過去に紹介してきた工場シリーズに立ち返り、筆者が町工場を経営していた際の出来事を紹介しながらこの問題を考えていきたい。  病気で倒れた父親が長年経営する町工場を引き継ぐことになったのは、大学卒業間際の頃だった。社会経験もほとんどないまま、モノづくりの第一線に放り込まれた当初は、何が分からないのかすら分かっていなかったが、当時工場にいた30人の職人たちの支えのおかげで、なんとか社長業の穴埋めができている状態だった。  こうして不器用ながらも経験を重ね、一丁前に日本の製造業界の弱体化に危機感を強めていたある時、勤務歴8年目の若い職人2人が、突然社長室を訪ねてきた。  開口一番、「辞めます」と言う。無口が多い職人だが、彼らも例に違わず口下手で、明確な退職理由を最後まで語ることはなかったが、不満がなければ辞めるはずもないと、自分の不甲斐なさを責めつつ、2人に就業規則に明記してある「同業他社への転職禁止」についての認識を確認すると、彼らはそれぞれ「異業種に転職するんで」と返してきた。  社長の病気に加え、異常なまでの円高や、大手工場の海外移転など、超零細町工場にとっては激動としか言いようのない数々の困難に耐えてきてくれた彼らを前に、こちらも職人あがりの父は、やはり言葉短く「勝手にせい」と視線を落とす。  父の代わりに形だけ引き留めてはみたものの、やはり彼らの意思が変わることはなく、ありったけの激励の言葉をかけて彼らを送り出すと、また1つ増えた近い将来の不安に、ため息で酸欠になりそうな気分になった。
次のページ
なんと退職した二人が、目と鼻の先の工場に入職!
1
2
3
バナー 日本を壊した安倍政権
新着記事

ハーバービジネスオンライン編集部からのお知らせ

政治・経済

コロナ禍でむしろ沁みる「全員悪人」の祭典。映画『ジェントルメン』の魅力

カルチャー・スポーツ

頻発する「検索汚染」とキーワードによる検索の限界

社会

ロンドン再封鎖16週目。最終回・英国社会は「新たな段階」に。<入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns>

国際

仮想通貨は“仮想”な存在なのか? 拡大する現実世界への影響

政治・経済

漫画『進撃の巨人』で政治のエッセンスを。 良質なエンターテイメントは「政治離れ」の処方箋

カルチャー・スポーツ

上司の「応援」なんて部下には響かない!? 今すぐ職場に導入するべきモチベーションアップの方法

社会

64bitへのWindowsの流れ。そして、32bit版Windowsの終焉

社会

再び訪れる「就職氷河期」。縁故優遇政権を終わらせるのは今

政治・経済

微表情研究の世界的権威に聞いた、AI表情分析技術の展望

社会

PDFの生みの親、チャールズ・ゲシキ氏死去。その技術と歴史を振り返る

社会

新年度で登場した「どうしてもソリが合わない同僚」と付き合う方法

社会

マンガでわかる「ウイルスの変異」ってなに?

社会

アンソニー・ホプキンスのオスカー受賞は「番狂わせ」なんかじゃない! 映画『ファーザー』のここが凄い

カルチャー・スポーツ

ネットで話題の「陰謀論チャート」を徹底解説&日本語訳してみた

社会

ロンドン再封鎖15週目。肥満やペットに現れ出したニューノーマル社会の歪み<入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns>

社会

「ケーキの出前」に「高級ブランドのサブスク」も――コロナ禍のなか「進化」する百貨店

政治・経済

「高度外国人材」という言葉に潜む欺瞞と、日本が搾取し依存する圧倒的多数の外国人労働者の実像とは?

社会