「原発事故で売れなくなったからといって、殺すことはできない」被ばく牛を飼い続ける農家の“意地”

 東京電力福島第一原発事故で、国は原発から半径20km圏内に飼育されている家畜の殺処分を命じた。このうち約3500頭いた牛は1400頭ほどが餓死、他の牛も薬殺または牛舎から逃げて野生化するなどした。  しかし畜産農家の中には、国の殺処分に納得せず、今もエサ代を自己負担しながら牛の飼育を続ける者もいる。現在公開中のドキュメンタリー映画『被ばく牛と生きる』は、そうした農家の姿を描いた作品だ。監督の松原保さんに聞いた。
被ばく牛と生きる1

ドキュメンタリー映画『被ばく牛と生きる』より (C)2017 Power-I, Inc.

出荷できない「被ばく牛」を今も飼育

 事故当時、福島第一原発から20km圏内で飼育されていた家畜に対して、国は殺処分するよう福島県に通達した。放射性物質で汚染された食肉を流通させないための措置だ。多くの畜産農家は避難を強いられるなか、泣く泣く殺処分に応じた。  しかし国の方針に納得せず「大事に育ててきた命を『売り物にならない』との理由で殺すのは忍びない」として牛の飼育を続ける決断を下した農家もいる。  殺処分をまぬがれた「被ばく牛」の数は2012年時点で700頭以上。後になって国は自己責任で飼育することを認めたが、牧草など1頭当たり年間約20万円のエサ代は農家が負担し続けている。 「『事故がなければ肉牛や牛乳を無事に出荷できた。牛に生活を支えてもらった、それなのに事故で役に立たなくなったからといって、牛を殺すことには納得できない』。今も被ばく牛を飼育する農家は、そういう思いを抱いています」と松原さんは話す。  だが、国としては被ばく牛を市場に流通させる訳にもいかない。殺処分はやむを得ないが「合理的な選択」だったのではないか? 「そうした国の『大義』が、全面的に間違っているとは思いません。農家が何の保証もないままなぜ被ばく牛を飼育しているのかということは、その気持ちは理解できても理屈で説明するのは難しい。全ての農家が『国の責任を問う』という信念があるわけではありませんが、“意地”とも言える強い思いを持ち続けていることは確かです」(松原さん)
次のページ
国に押し付けられた「責任」
1
2
バナー 日本を壊した安倍政権
新着記事

ハーバービジネスオンライン編集部からのお知らせ

政治・経済

コロナ禍でむしろ沁みる「全員悪人」の祭典。映画『ジェントルメン』の魅力

カルチャー・スポーツ

頻発する「検索汚染」とキーワードによる検索の限界

社会

ロンドン再封鎖16週目。最終回・英国社会は「新たな段階」に。<入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns>

国際

仮想通貨は“仮想”な存在なのか? 拡大する現実世界への影響

政治・経済

漫画『進撃の巨人』で政治のエッセンスを。 良質なエンターテイメントは「政治離れ」の処方箋

カルチャー・スポーツ

上司の「応援」なんて部下には響かない!? 今すぐ職場に導入するべきモチベーションアップの方法

社会

64bitへのWindowsの流れ。そして、32bit版Windowsの終焉

社会

再び訪れる「就職氷河期」。縁故優遇政権を終わらせるのは今

政治・経済

微表情研究の世界的権威に聞いた、AI表情分析技術の展望

社会

PDFの生みの親、チャールズ・ゲシキ氏死去。その技術と歴史を振り返る

社会

新年度で登場した「どうしてもソリが合わない同僚」と付き合う方法

社会

マンガでわかる「ウイルスの変異」ってなに?

社会

アンソニー・ホプキンスのオスカー受賞は「番狂わせ」なんかじゃない! 映画『ファーザー』のここが凄い

カルチャー・スポーツ

ネットで話題の「陰謀論チャート」を徹底解説&日本語訳してみた

社会

ロンドン再封鎖15週目。肥満やペットに現れ出したニューノーマル社会の歪み<入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns>

社会

「ケーキの出前」に「高級ブランドのサブスク」も――コロナ禍のなか「進化」する百貨店

政治・経済

「高度外国人材」という言葉に潜む欺瞞と、日本が搾取し依存する圧倒的多数の外国人労働者の実像とは?

社会