東京一極集中の大波の陰で広がり始めている、「田園回帰」という静かな“波紋”

昼寝

畦で心地よさそうに昼寝する米作り初体験者

 弁護士をしているTさんは「食べるものがどう作られているのかを知りたいと思って、お米作りに来た」という。 「ふだん、机に座って仕事することが多いですよね。お米作りは、その逆の肉体労働。なのに気持ち良くて、ありがたささえ湧いてくる。田植えから稲刈りまでその成長を見てきて、今までは気にも留めなかったものが見えるようになったんです」 「例えば、田畑のある風景をクルマで走っていても『緑が広がっているなあ』という認識しかなかったのに『あ、先週より作物が大きくなったな。稲の穂が出たな、花が咲いているな』というように、田畑の変化に目が行くようになりました。お天気も気になるようになりましたね~」

米作りを通して、都市生活以外の“生き方の選択肢”を提供する

ITの青年

IT業界から農業へ転身を図る、新婚の青年

 IT企業でデータベースの集積管理をしているHさんは、自分を変えるきっかけにしたいと思って米作りに挑戦した。 「日々の細々とした仕事が、誰のため何のためにやっているのか、わからなくなってきていました。お米作りに集まる多様な方々と出会って、会社に勤めるという選択以外にも、こういう居場所や生き方もあるんだな~、って思えてきました」 「お米はプロの農家さんが作るものと思い込んでいましたが、案外簡単に作れるもんなんだなって。だってちゃんと育つんだから! 穂が出て花が咲いて実になる。そんな当たり前のことを初めて見て感動したんです。自分が何をして生きて行きたいのか、これから見直してみます」  品川駅近くの会社でソフトウェア設計の仕事をしているMさんは、人工的なビルやコンクリートに囲まれて暮らす不自然さから、米作りをしてみようと思ったという。 「草取りって、結構楽しいんですよね。心を無にできます。成長を見られる喜びや、達成感も気持ちいい。将来、自給自足したいな~」
カエル

いろいろな生き物たちが、私たちに何かを気づかせてくれる

 このように、米作りの田んぼは“大人の食育の場”であり“気づきと感動の場”となっている。そして、都市生活以外の“生き方の選択肢”を提供する場でもある。ここで1年の米作りをおぼろげながらも実践習得した自信を胸に、自主的移住に踏み出していく人が多い。  こうした移住は一時のトレンドではない。田園回帰は“人間回帰”でもある。地球の有限性に目を伏せて、無限の拡大を目指す経済システムの妄想が未だに続く中で、便利さと引き換えに人々は疲弊している。先にその矛盾に気づいた人々が、新しい人間サイズの暮らし方や働き方をクリエイトし始めているのだ。  日本中から一極集中していく大波は東京圏でぶつかり合い、しぶきを上げて、多くの人が溺れかけている。それに隠れて見えづらいが「東京圏からの田園回帰」という波紋も静かに広がっている。その波紋は遠くに進むほど小さくなり、最後は消えて平穏な水面になる。  これからは過疎地域ほど、田舎ほど、自己実現が果たせ、住みやすく、心穏やかな場所になっていくことは間違いない。潮流は静かに変わりつつある。 <文・写真/髙坂勝> 1970年生まれ。30歳で大手企業を退社、1人で営む小さなオーガニックバーを12年前に開店。著書に『次の時代を、先に生きる~まだ成長しなければ、ダメだと思っている君へ』(ワニブックス)など。
30歳で脱サラ。国内国外をさすらったのち、池袋の片隅で1人営むOrganic Bar「たまにはTSUKIでも眺めましょ」(通称:たまTSUKI) を週4営業、世間からは「退職者量産Bar」と呼ばれる。休みの日には千葉県匝瑳市で NPO「SOSA PROJECT」を創設して米作りや移住斡旋など地域おこしに取り組む。Barはオリンピックを前に15年目に「卒」業。現在は匝瑳市から「ナリワイ」「半農半X」「脱会社・脱消費・脱東京」「脱・経済成長」をテーマに活動する。(株)Re代表、関東学院経済学部非常勤講師、著書に『次の時代を先に生きる』『減速して自由に生きる』(ともにちくま文庫)など。
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