「3時間天下」で終わったカタルーニャ共和国。独立宣言後、自治機能が停止され閣僚は全員解任に

記者会見の中止、そして「独立宣言」

 ところが、予定されていた午後1時半の記者会見が2時半に延期された。理由は不明であった。しかし、報道陣のほうで掴んでいる情報では、選挙をするのに彼はスペイン政府に条件を付けて、その回答を首相官邸から待っているということであった。その条件とは選挙をする交換条件として、155条の発動を中止することと、現在収監されている二つの政治組織のそれぞれ代表を釈放することを要求したという。  結局、予定されていた2時半の記者会見は中止となった。即ち、ラホイ首相はそれを受理しなかったというふうに理解された。  報道関係者の方では折角良い機会であったのに、スペイン政府はなぜそれを拒否したのかとラホイ首相への批判が集まった。  27日に予定されている州議会はそのまま変更なしという事であった。それは独立宣言をするための審議であるというのは明らかにされていた。この日はスペインの上院で155条の発動の為の承認が予定されていた。即ち、カタルーニャでは独立宣言をするか否かの審議とスペイン上院ではカタルーニャの自治機能を停止の承認を得る為の審議がほぼ同時に行われることになったのである。  州議会で独立宣言をするための審議ということ自体が既にスペイン憲法裁判所で違憲とされていたが、州政府も議長もそれを無視した。投票は非公開投票を独立支持政党の3党が選んだ。それに対して野党は一斉に非難。カタルーニャ議会はいつも公開投票が慣例になっているからである。電光掲示板に各議員の賛成、反対、棄権が表示されることになっている。それが、今回に限って非公開投票を選らんだことに野党の国民党(スペイン政府与党)のアルビオル党首は、この一番大事な州の運命を決める時に限って、自分の票を隠そうとする与党議員の姿勢に「臆病者」という罵声を浴びせた。  そして、そのような投票には参加できないとして、野党は1政党の議員を残して他の議員は投票前に議事室から退席した。また、残った1政党の各議員は投票箱に票を投ずる前に「反対」と書いた投票用紙を公開してから投票箱に投じた。投票の結果は賛成多数で可決され、独立宣言の声明発表となったのである。議事堂の周囲や市内の主要広場では独立支持派の市民が歓声を上げて祭り気分になっていた。

わずか「3時間」の独立

 その間もマドリードの上院はまだ審議中で、それからほぼ2時間が経過して可決。その後、直ぐに閣僚会議に入り、カタルーニャで独立宣言がされたあと3時間ほど経過して、ラホイ首相が記者会見に臨んだ。そして、閣議で決定された以下のことを伝えた。 ◎ ソラヤ・サエス・サンタアリア副首相がカタルーニャ自治州の暫定州知事に就任。彼女は国家弁護士で、ラホイ首相が野党党首の時から右腕として活躍。優れた参謀役を発揮している。 ◎ プッチェモン州知事とジュンケラス副州知事を始め閣僚全員の解任。 ◎ 自治州警察はトラペロ警視総監を解任し、スペイン政府内務省の管理下に置く。 ◎ 自治州の各省にはスペイン政府の該当する省から人材を派遣して指揮する。その中でも一番重要な財務省にはスペイン政府のモントロ財務相とデ・ギンドス経済相の管理下に置く。 ◎ カタルーニャ州外務省の閉鎖。スペインの各自治州で唯一存在しないのは外務省である。それはスペイン中央政府が担うからである。しかし、カタルーニャ州政府はそれを無視し、しかも憲法裁判所でも違法であるされているのも無視して、ヨーロッパ地域を中心に11か国に「カタルーニャ大使館」を設けていたのである。今年の予算は3960万ユーロ(51億4800万円)だという。これも勿論、公的資金を使っていた。近い将来50か国に「カタルーニャ大使館」を設けるとしていた。これも独立の為に外国でカタルーニャのことをより知ってもらうための広報機関だった。(参照:「El Confidencial」) ◎ 12月21日を州議会選挙日とする。
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ラホイ首相の「戦略」
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