しかし日本に欠けているのはそのようなハードだけではない。決定的に欠けているものがソフトだ。ソフトと言っても、この報告書に盛られているのは、「日本の魅力を発信するコンテンツ」にしか触れていない。それももちろんあった方がいいが、もっと大事なのはそういうソフトではなく、人材だ。国際会議、国際見本市を誘致する「プロ人材の欠如」が決定的なのだ。
国際会議、国際見本市を主催するのは国際機関、民間団体、業界団体、学術団体などだ。その主催者の中で開催地を決定するキーパーソンへの働きかけを効果的に行えるか、その主催団体への誘致合戦で何をセールスポイントとして売り込むとよいかなどのノウハウがあって、ソフトが重要なビジネスなのだ。また国際的な見本市を動かすのはそうした人材の中の少数のプレーヤーだ。
そうした世界の人的ネットワークの中で伍してやっていける人材が日本には決定的に欠けているのだ。こうした国際的なMICEビジネスの現実を知らない結果、日本の地方では、自治体出身OBによる「お役所仕事」か、海外を知っているというだけで商社マンOBに誘致活動を任せて満足しているのが実態だ。これで厳しい国際競争に勝てるわけがない。
欧米に高度な教育システムがあり、アジアの競争相手はそれらの人材を獲得している。最近、欧米に習って、観光経営人材を養成しようといくつかの大学でコースがスタートしたが、そうした自前養成を待っているだけでは間に合わない。海外からの人材獲得も必要だ。
日本ではかつて国際会議の誘致を国家戦略として位置付けたのはいいが、国際会議観光都市として全国で52もの都市を認定して全く意味のないものになっている。その反省もあって、2013年には「グローバルMICE都市」を7都市選定して支援している。
東アジアという土俵の中で、戦う競争相手はシンガポール、釜山、上海、広州、香港などで、日本は明らかに後発国なのだ。それを考えると、日本の中で7都市でも多過ぎるだろう。もっと「選択と集中」が必要だ。限られたプロ人材を獲得して、ごく少数の国際都市に集中配置しなければ厳しい国際誘致競争には決して勝てない。こうした厳しい現実を直視して政策を進めるべきだ。
かつて私自身、国際会議の誘致をしようした時、主催者が重要視する3つのポイントがあった。
第1に、富裕層の顧客向けにどれだけスイートの部屋数が確保できるラグジュアリー・ホテルがあるか。「宿泊施設があればいい」としか思っていない自治体が如何に多いか。
第2に、国際空港に近く、国際線の直行便はどれだけあるか。
第3に夜の時間を過ごす良質のエンターテイメントはあるか。
これらが国際会議・国際見本市誘致の際の重要な競争条件なのだ。いわばMICE誘致の「三種の神器」だ。そこにハードの施設とプロ人材が配置されて初めて海外と戦う条件が整う。
もしもカジノ解禁に踏み出すのならば、そうした条件を整えたところに付設してこそ、初めて意味を持つことを忘れてはならない。箱もの主義、甘い現実認識からの脱却が必要だ。
【細川昌彦】
中部大学特任教授。元・経済産業省。米州課長、中部経済産業局長などを歴任し、自動車輸出など対米通商交渉の最前線に立った。著書に『
メガ・リージョンの攻防』(東洋経済新報社)
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Tristan Schmurr