部下を叱るときに守ってほしい「し・か・り・ぐ・せ」
さらに、相手を承認したうえで怒るためには、次の「しかりぐせ」を守っていただきたいと思います。これは、部下を叱るときに守ってほしい項目をまとめ、最初の1文字を「し・か・り・ぐ・せ(叱り癖)」として並べたものです。
「し」→身体的接触は絶対禁止
多くの会社でパワハラかどうかの認定をするときに最初の基準となるのが、身体的接触があったかどうかです。直接叩いたりするのはもちろん、ペンなどで叩く、ものを投げるというのも絶対にやってはいけないことです。
たとえば、ふだんなら肩をポンポンと軽くたたくのが問題にもならないところ、関係がまずくなると「小突かれた」とか、女性なら「触られた」と問題となってしまう可能性があるからです。
「か」→過去は責めずに、隔離し2人で
過去は責めても変えられません。
過去に何かあったのなら「今後はどうするの?」という未来の話にしましょう。過去を変えることはできなくても、そこに与える意味づけを変えることはできます。過去を学びや教訓とすることに目を向けましょう。
それから部下を叱るときに人前ではなく2人っきりが基本です。相手のメンツやプライドもちゃんと考えて叱りましょう。
「り」→理論的に
感情的になってはいけません。それには、次の「ぐ」を守れば可能です。
「ぐ」→具体的に
何に対して叱るのか、ほめるとき以上に叱るときは具体性が大事です。そうでないと、何で叱られているのかわからないということになりかねません。また、ほめるとき同様、できるだけ早くということも大切です。
「せ」→性格を責めない
事実に対して叱るべきであって、性格を責めるのはNGです。
私の知っている一例ですが、30代半ばの女性管理職が、20代後半の女性職員に対して雷を落としたことがありました。
若い職員は遅刻が多く、また短いスカートに胸元の開いたトップスといった格好が多かったのですが、管理職の女性はあるとき、職場でみんなの前で「いつも遅刻してきて、どういうつもり! やる気あるの? ないの? 服装からしてだらしないのよ、その格好と性格から直しなさい!」と怒鳴ったのです。
このとき、身体的接触はなかったので「し」はOKですが、遅刻してきたその場ではなく過去の積み重ねを問題とし、隔離もせずにみんなの前で雷を落としているので「か」はできていません。感情的に叱りとばしているので「り」もダメです。
「ぐ」は、遅刻のことは具体的ですが、服装の問題となり得る原因については何も言わず、ざっくりそれらを「だらしがない」と決めつけているので、これもNGです。そして「せ」、性格を直しなさいなどと言っても効き目があるはずがありません。
このように見てみると、「し・か・り・ぐ・せ」のできていないよくない叱り方だというのがおわかりいただけると思います。感情に任せて怒っているのだと言えます。
武神健之氏
先の大企業での若い女性社員自殺の事件では、自殺した女性は上司から「髪ボサボサ、目が充血」「女子力がない」などと言われていたそうですが、こういう業務に関係ないことで叱るのももちろん論外です。
前回からお話しさせていただいてきたメンタルヘルス不調者が続出する上司の「怒る」と、メンタル不調者が出ない上司の「叱る」技術、この両者は奥が深いです。しかし、まずはこの違いを意識することからしか始まりません。
ぜひ、「いま、ここ、私」を意識しつつ「し・か・り・ぐ・せ」を必ず守り、叱ることを覚えておいてください。それが上手な叱り方に繋がります。そのためにも、常に、あなたと部下の間で、そこに相手を承認している気持ちがあるかを大切にしてください。
<TEXT/武神健之>
【武神健之】
たけがみ けんじ◯医学博士、産業医、一般社団法人日本ストレスチェック協会代表理事。20以上のグローバル企業等で年間1000件、通算1万件以上の健康相談やストレス・メンタルヘルス相談を行い、働く人のココロとカラダの健康管理をサポートしている。著書に『
職場のストレスが消える コミュニケーションの教科書―上司のための「みる・きく・はなす」技術 』(きずな出版)、『
不安やストレスに悩まされない人が身につけている7つの習慣 』(産学社)、共著に『
産業医・労働安全衛生担当者のためのストレスチェック制度対策まるわかり』(中外医学社)などがある