「ヒアリでの死亡例はない」は誤報!100人とはいかないまでも44人の死亡が確認

堀川大樹

誤報の発端は日本語書籍

 それでは、ヒアリに刺されて死ぬリスクは、実際にどの程度のものだろうか。

 日本語で読める唯一のヒアリ本である『ヒアリの生物学』は、アメリカでヒアリに刺される人は年間1400万人であり、毎年100人ほどが死亡する、という説を紹介している。日本ではスズメバチに刺されて死ぬ人が年間20人ほどおり、この説は、もともとはアメリカで出版された『FireAnts』という本の一節を引用したものだ。

 環境省や東京都の公式ウェブサイトでも、この「年間で100人死亡」とする説を引用していた。だが実は、この説を裏付けるデータについては、探しても見つからないのである。筆者も独自に文献を調べてみたが、年間100人がヒアリで死亡するとするデータは見当たらなかった。

 そして、文献を調査してわかったのは、1998年までに、累計で44名の死亡が確認されていた、ということだった。この数字は、かなり少なく見積もられたものではある。ただ、年間100人というのは、少し多すぎる数字にも感じる。もっとも、仮に100人が死亡するとしても、ヒアリに刺されて死ぬ可能性は0.001パーセント以下であり、交通事故で死亡するリスクよりもはるかに低い。

 先日、ようやく環境省も「ヒアリで年間100人が死亡するという説は確認できなかった」という声明を出した。環境省や東京都のウェブサイトからも、この文言は撤回されている。

 だが困ったことに、この環境省の声明を受けて、一部の報道機関が「ヒアリによる死亡例はない」とする誤った情報を流してしまった。この情報は現在もネット上で拡散し、少なくない人々が「ヒアリで死ぬというのはウソだった」と信じているようにみえる。

 政治も経済でもそうだが、物事は0か1かに分けられるものではない。ヒアリによる死亡リスクもしかり。情報を発信する側も、それを受けとる側も、そこを注意しなければならない。

・参考資料
『ヒアリの生物学』東 正剛、緒方 一夫、S.D. ポーター 著 東 典子 訳
『Fire ants』Taber S.W. 著
deShazo and Banks (1994) Medical consequences of multiple fire ant
stings occurring indoors. J. Allergy Clin. Immunol. 93:847-50.

Woman killed by fire ants the day after her mother dies:Independent
危険な外来生物「ヒアリ」:東京都
『ヒアリの生物学』でヒアリの生態を知る:クマムシ博士のむしブロ
「ヒアリに刺されて年間100人死亡説」を検証する:クマムシ博士のむしブロ
「ヒアリ死亡例は確認されなかった」という一部報道を検証する:クマムシ博士のむしブロ

<文・堀川大樹>

【堀川大樹】
クマムシ博士。1978年東京都生まれ。2001年からクマムシの研究を続けている。北海道大学で博士号を取得後、NASA宇宙生物学研究所やパリ第5大学を経て、慶応義塾大学先端生命科学研究所特任講師。クマムシ研究の傍ら、オンラインサロン「クマムシ博士のクマムシ研究所」の運営やクマムシキャラクター「クマムシさん」のプロデュースをしている。著書に『クマムシ博士の「最強生物」学講座』(新潮社)と『クマムシ研究日誌』(東海大学出版会)。ブログ「むしブロ」、有料メールマガジン「むしマガ」も運営。

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