それでも周囲には、親子で方針が違うところを見せないように努めなければならない。現場で働く従業員に、こういった意見の食い違いや言い合いを見せることは、彼らの士気を下げるだけだからである。
規模も業種も全く違うが、数年前、某大手家具販売店で起きた騒動がいい例だろう。親子間での経営方針の違いは、必ずや従業員を巻き込む。その家具販売店の騒動があった頃には父の工場はすでになくなっていたが、筆者は他人事のようには思えなかったと同時に、あの娘さんの意志の強さには、いい意味でも悪い意味でも驚かされた。
中小零細企業での後継者問題には、親子親戚間でなくとも、ほとんどの場合に「世代交代」が伴う。企業形態によっては、2世代分の開きがあることも少なくない。さすれば、「経験」と「時代の流れ」にズレが生じやすくなり、経営の失速に直結する問題に繋がりかねない。
若い世代に継承すべき企業の伝統や風習はもちろんあるところだが、若い世代の新しい風を積極的に取り入れ、社内の新陳代謝を促さなければ、時代の流れに取り残され、あっという間に廃れていく。「世代交代」では、いい意味でも悪い意味でも、「現状維持」という現象はなり得ないのだ。
父の工場は、この他にも様々な要因が絡み合い、結局廃業の道を選んでしまったが、好業績、独自技術が伴う事業には、「売却」という選択肢もあるし、現場の優秀な社員を社長に昇格させる方法もある。これらの道も、決して一筋縄ではいかないが、早い段階での準備と対策によって、次世代につながる企業技術も増えるはずだ。
後継者の確保ができずに廃業する会社は、毎年約7万社にも及ぶ。日本の技術力の底上げが求められている中、引き継げずに消えてゆく技術がこれほど存在するのは、あまりにもったいない。
<文・橋本愛喜>