逆に、軽蔑・恐怖・悲しみの微表情を認識する能力が高ければ高いほど、集団に上手く馴染むことが出来ないことがわかりました。これはなぜでしょうか?一言で言えば、こうしたネガティブな表情に敏感になることでストレスに押しつぶされてしまう恐れがあるということが考えられています。
軽蔑を例に考えます。軽蔑という感情は、他者を見下したり、自分が優位に感じるときに抱く感情です。相手の軽蔑に敏感に反応してしまうと、自尊心が傷つけられ、集団の中の自分を自己否定してしまう可能性が考えられます。
上司がいつも自分を見下している、同僚が自分をバカにしてる、こんなことを毎回経験していたら確かにその集団に属していることが辛くなりますよね。
ある程度、相手の感情に鈍感なことも大切なことだということです。もし、あらゆる微表情を読みとるスキルを獲得するという「何らかの」利点を得たいと思うならば、その代わりに自分に向けられるどんなネガティブな感情もはねつけられる心の強さを持たなくてはいけないのかも知れません。
ところで世の中には他者の表情・微表情に元々、敏感な人がいる一方で、全くもって鈍感な人がいます。
その理由の一つとして育成環境があります。感情表現が豊かな家庭で育った子どもは、感情表現が豊かではない家庭で育った子どもに比べて、他者の表情を読みとる能力が低いことがわかっています。家族の感情や意図を理解するのに、敏感になる必要がないからです。
つまり、感情表現豊かな育成環境で育った方々は、他者の微妙な感情や抑制された想いに気付きにくい傾向を持っている可能性があるため、表情や微表情を読みとるスキルを学ぶことは集団に適応する上でプラスに働くと考えられます。逆に感情表現が乏しい育成環境で育った方々は、すでに他者の微妙な感情の変化を読みとる能力に長けている可能性があるため、これ以上、その能力を伸ばさなくても良いのかも知れません。
人の気持ちに敏感になる、いわば空気を察することの長短を知り、実生活に活かすことが大切ですね。
ちなみに、あらゆる微表情を敏感に察知することを仕事にしている私は、スイッチを持っています。微表情の意味を追求しないスイッチを。
(参考文献)
Yoo, S. H., Matsumoto, D., & LeRoux, J. A. (2006). The influence of emotion recognition and emotion regulation on intercultural adjustment. International Journal of Intercultural Relations, 30(3), 345-363.
<文・清水建二 写真・
ぱくたそ>
【清水建二】
株式会社空気を読むを科学する研究所代表取締役。1982年、東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、東京大学大学院でメディア論やコミュニケーション論を学ぶ。学際情報学修士。日本国内にいる数少ない認定FACS(Facial Action Coding System:顔面動作符号化システム)コーダーの一人。微表情読解に関する各種資格も保持している。20歳のときに巻き込まれた狂言誘拐事件をきっかけにウソや人の心の中に関心を持つ。現在、公官庁や企業で研修やコンサルタント活動を精力的に行っている。また、ニュースやバラエティー番組で政治家や芸能人の心理分析をしたり、刑事ドラマ(「科捜研の女 シーズン16」)の監修をしたりと、メディア出演の実績も多数ある。著書に『
「顔」と「しぐさ」で相手を見抜く』(フォレスト出版)、『
0.2秒のホンネ 微表情を見抜く技術』飛鳥新社がある。