日本が誇る零細工場の技術は、面白いほど簡単に盗まれ流出してしまう

橋本愛喜

数十年間の技術の結実を、シャッター1つで奪い去るホワイトカラーたち

 そんな職人たちが持つ技術は、取引先にとっては喉から手が出るほど欲しいものである。自社製造できれば外注費が浮き、作業工程上も融通が利きやすくなる。それゆえ、父の工場には、取引先からよく人が来た。 「環境問題に取り組んでいるかの工場視察」なる名目で、彼らは環境の「か」の字すら発することなく、職人の技術に見入る。どんな技巧を用いているのか、どんな道具を使っているのか。一部の貪欲な取引先は、職人の機嫌を取りながら「これはどうやるんだ」と直接話しかけたり、露骨に自分の工場で働く現場作業員を大勢連れて来たりしたこともあった。  最もやっかいだったのが、孫請けにとって「技術」がいかに大切なものなのかを理解しきれていない一部のホワイトカラー(普段スーツで働く人たち)だった。  彼らは、職人が作業している傍でカメラを取り出し、30年かけて見出した技術を、シャッター1つでかっさらおうとする。さすがに耐えられず、「うちにも企業秘密があるので」とやんわり断ろうとするが、「何が悪い、自社の金型だぞ」と一蹴されれば相手が相手だけに、下手に言い返すこともできない。  ワイシャツの上にまとった皺ひとつない真っ青な作業服に黒いすすが付き、それを手でぱんぱんとはたく彼らの姿を見た時、言葉にできないむなしさが押し寄せてきたと同時に、零細工場に生きる人間なりのプライドが胸に芽生えた。

「高品質だが高い日本製、中高品質でも安い東南アジア製」

 そんな零細の存在を尻目に、製造業界大手やその下請け中小企業が、一斉に海外へ工場移転した時期がある。  深刻な円高が続いた1990年代から2000年代半ばのころだ。国内に残された零細は、海外に仕事を奪われ、次々に潰れていった。父の工場と同じように、その1社1社には、積み重ねてきた技術があったに違いない。それでも元請けを失った工場は、ただの機械置き場だ。毎月のように届く「工場閉鎖のご挨拶」なる手紙には、本当は書きたいことがもっとあったはずである。  かたや移転した大手の海外工場では、現地従業員の雇用、現地部品の調達などで製造にかかるコストを抑えるのに躍起になる一方、当然のことではあるが、各企業の「ウリ」であるノウハウや技術だけは、日本から持ち込むことになる。  必然的にそれらは現地従業員に伝達・習得されるわけだが、まさにその流動的な現地雇用を通じて、貴重な日本の技術は海外のライバル企業へと流出する。東南アジア諸国の製品が急激に日本製に劣らぬほど高品質化したのもこの頃だ。  現在、筆者の住むニューヨークで「メイドインジャパン」と言うと「高品質だが高い」と揶揄されるが、東南アジア諸国の製品は「中高品質でも安い」と評価され、実際、大企業などで大量購入される自動車や電化製品は、東南アジア諸国製のものばかりである。
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いまだ零細工場は、技術を生み出す金の山
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