工場職人にヤンチャが多い理由。日本のモノづくりを支える、零細町工場に立ちはだかる急務とは

作業場で出た大量の砥石

「作業服とタイムカードは黒いほうがいい」

 伝統工芸職人はその技術や作品に魅了され、その道に入るが、工場職人への入り口は、もっとシンプルなことが多い。  父の工場では、年中従業員を募集していた。その度にやって来るヤンチャが差し出す履歴書の志望理由には、「求人広告の一番上に載ってたから」「家が近かったから」という字が堂々と書かれていた。  時折、「日本のモノづくりの一端を担いたい」と饒舌に語るスーツ姿の兄さんがやって来ることもあったが、実際こういう人ほど、「親戚が亡くなった」で欠勤が何度か続き、やがて来なくなる。その度に社長は「何人親戚殺すねん」とタバコの煙に目を細め、ぼそっとつぶやくだけだった。  筆者は仕事柄、現在も多方面の職人と話す機会があるが、彼らには大きな共通点がある。  自分の仕事に人が介入することを超絶に嫌うのだ。協力し合うことが苦手な代わり、受け持ったからには、最後まで1人でやり遂げる。が、やりたくない仕事は絶対にやらない。こうもプライドが高いゆえ、こちらの意見はなかなか聞いてはくれない堅物が多いのだが、この「オレの道」を「美徳」と位置付ける一匹狼型のヤンチャは、自然と工場職人という道に吸い寄せられるのだ。  父の工場には、数日「おはようございます」と「お疲れ様でした」しか発さない金型以上の堅物も多くいた。  こうして、子どもの頃から工場職人を目の当たりにしてきた筆者には、「工場で働くこと」に対して、1つの定義がある。古い考えではあるが、これだ。「作業服とタイムカードは、黒い方がいい」。  昔の職人は、現在よりも「日本のモノづくりは自分たちが支えている」という誇りを強く深く持っていた。それゆえ、3Kだろうが4Kだろうが、文句も言わず自らの仕事を全うする職人が多かった。  1日中座りっぱなしの体をほぐしてもらうために構内に置いた卓球台は、一匹狼の集まる工場では、結局本来の使われ方はほとんどされなかったが、午後7時半になると、毎晩母の料理が並んだ。それを5分で腹中に移し、缶コーヒー1杯を飲んでいるわずかな間に、仕事モードへ気持ちを再び入れ替える。短い納期で仕上げた金型をトラックに載せる時に見せる顔には、疲労感以上に達成感がにじみ出ていた。
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ネット世代は職人に不向きな若者が多い
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