電車の線路内に侵入する行為というと、1月にタレントの松本伊代と早見優が、線路に侵入した写真をブログにアップしたことで騒ぎになった。この騒ぎを起こした彼女たちの容疑は「鉄道営業法違反」である。
鉄道営業法の第37条は「停車場其ノ他鉄道地内ニ妄ニ立入リタル者ハ十円以下ノ科料ニ処ス」となっている。
この法律は明治33年に作られたものなので、現代風にわかりやすく言えば、停車場や鉄道の敷地内に勝手に入った者は「10円以下の科料(罰金刑の軽いヤツ)にするよ」という意味である。この“10円”という科料額も当時の貨幣価値であり、現在でいう科料は“1万円未満”の金額となっている。
つまり線路に侵入した時に問われる罪は、1万円未満の科料で済む可能性があるわけだ。また、彼女らが、この件で逮捕されたという話も聞かないので(実際に逮捕はされていない)、身柄拘束のない書類送検だけで済む可能性もあるということである。しかし、
「そんな罪で済むのなら、痴漢に間違われ時は線路に飛び降りて逃げればいい!」
と考えてはいけない。彼女たちがそんな軽い罪で済んだのは、彼女たちがただ線路の中に入っただけで、電車を止めたりしてダイヤを混乱させるような事態を引き起こしていないからだ。
痴漢の疑いをかけられて線路に飛び降りて逃亡する事件では、ほとんどのケースで電車は運転を見合わせ、ダイヤが大幅に乱れてしまう。こんな大迷惑を引き起こした場合、原因を作った本人には、鉄道営業法違反ではなく「往来危険罪」(刑法125条)が適用される可能性が出てくる。
往来危険罪というのは線路や標識を壊したり、その他の方法で電車の安全な運行を妨げる行為をした場合、適用される罪だ。痴漢容疑から逃れるために線路内に侵入する際、線路や標識を破壊しなくても、電車の安全な運行を妨げる行為は“その他の方法”とみなされる場合がある。
この往来危険罪が適用された場合、考えられる刑事罰は
“2年以上の有期懲役”
である。罰金刑はないので起訴されて有罪判決をくらえば、刑務所行きだ。初犯でいきなり実刑判決が下るのは、判決ペースで3年以上の懲役になるようなケースである。ただ2年以上の有期懲役というのは、最悪、有期刑の上限20年が下される可能性もゼロではないという意味で、線路内に逃走した挙句、列車のダイヤを大混乱に陥れた場合、結構な厳罰が下される可能性もあるのだ。
その上、列車を止めてしまった場合、本人に科せられるのは刑事罰だけではない。電車の運行に支障が出たことによって、鉄道会社が被る損害を賠償させられるのである。いわゆる損害賠償の民事訴訟というヤツだ。その請求額は、電車が止まった時間や本数、あるいは路線など条件によって数十万円から数億円と幅が広く一概に相場は決められない。とはいえ、ラッシュ時に電車を止めてしまったら、数十万円で済むことはあり得ないだろう。
確かに痴漢冤罪は本人の努力だけでは逃れられない災難だ。しかしそれを避けるために別の罪を犯してはならない。ましてや線路に飛び降りて逃げるなど論外の行為なのだ。
【ごとうさとき】
フリーライター。’12年にある事件に巻き込まれ、逮捕されるが何とか不起訴となって釈放される。釈放後あらためて刑事手続を勉強し、取材・調査も行う。著書『
逮捕されたらこうなります!』、『
痴漢に間違われたらこうなります!』(ともに自由国民社 監修者・弁護士/坂根真也)が発売中