ローマ教皇とマザー・テレサの怒りに触れたクリントン夫妻――国論を二分する中絶問題

クリントンとキリスト教会の対立

 米国では、女性に中絶の権利を認めた最高裁判決「ロー対ウェイド事件」(1973年)まで、大多数の州で人工中絶が禁止されていました。これまでの大統領の中で、中絶擁護政策を最も積極的に推進したのが、ヒラリーの夫、ビル・クリントンです。クリントンは大統領就任後間もなく、中絶可能な医療施設の増設や、中絶ピル「RU-486」の合法化などに着手しました。そのことが、当時キリスト教界で最も大きな影響力を持っていた2人の人物の逆鱗に触れました。ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世、そしてマザー・テレサです。  1990年代、ローマ教皇は渡米する度にクリントン政権の中絶擁護政策を強く非難しました。冷戦の終結後、世界平和を脅かすのは、「最も弱き者」の殺戮を許す「死の文化」であると教皇は繰り返し訴え、アメリカとバチカン市国は深刻な対立状態に陥りました。  また1994年にクリントン大統領によって米国に招かれたマザー・テレサは、多宗教の信者たちを集めた全国祈祷朝食会の場で、「イエス・キリストは『幼な子を受け入れることは私を受け入れることだ』と語っています。ですから人工中絶とはキリストに対する冒涜にほかなりません」と断言し、大統領夫妻を凍りつかせました。3000人近い聴衆が総立ちで長い拍手を送る中、ビルもヒラリーも微動だにしなかったといいます。  人工中絶への見解は相容れなかったマザー・テレサとヒラリーですが、「養子縁組の促進によって人工中絶を防ぐ」という共通の目標を見つけました。インドで何千人もの孤児たちの養子縁組を成立させてきたマザー・テレサは、ワシントンD.C.にも孤児院を建てて欲しいとヒラリーに懇願したのです。ヒラリーは願いに応じ、翌1995年には首都での「マザー・テレサ子どもの家」の設立にこぎつけました。マザー・テレサの夢の結晶だった「子どもの家」はしかし、2002年には閉所を余儀なくされています。
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女性の権利擁護を訴えたヒラリー
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