進むドル離れ。サウジアラビア、中国との取り引きに人民元とリヤルを使うことに

かつてあった米国とサウジの蜜月

 米国とサウジの関係の始まりは1945年にF.D.ルーズベルト大統領とアブドゥラアジズ国王の間で前者のヤルタ会談の帰路に船上で両者が会談をもったのが始まりである。その後、米国はサウジに安全保障を提供し、サウジは米国に原油を必要なだけ輸出する互換関係が確立した。そして、サウジからの原油の輸出は全てドル通貨で行うという密約も交わされたという。これがその後の「ドル金本位制」の廃止と共に「石油ドル本位制」の確立へと発展するのである。世界で原油の需要が伸びれば、ドルの需要も増大するという仕組みである。  米国はイランとも同様に親密な関係をもっていた。両国の関係は19世紀より確立されていた。英国とロシアがイランを支配しよと企む中で、当時の米国は中立的な立場を保ち、イラン政府から信頼されていた。1950年代にはイランは石油国有化を計画し、当時のアングロ・イラニアン石油会社を国有化した。また、米国と英国が協力して亡命中のモハマンド・シャーを連れ戻すためにクーデターが遂行されて、モハマンド・シャーが王位に復権した。シャーの政権下で米国は原油を輸入し、武器を積極的に輸出した。その関係が1979年のイラン革命まで続くのである。  イラン革命の影響で米国はイランとのそれまでの関係を失い、中東での信頼できる大国としてサウジに一本化したのである。  そして、サウジがオバマ政権への信頼を完全に失うまでに以下のような出来事があったのである。
次のページ 
揺らぐサウジの「米国への信頼」
1
2
3
4
PC_middleRec_left
PC_middleRec_right
関連記事
PC_fotterRec_left
PC_foterRec_right