太宰治が思い出を綴り、宮崎駿が着想を得た目黒雅叙園は戦前の大テーマパークだった

元祖スーパー銭湯?豪華で大きな風呂と美味しい食事の組み合わせ

 土地と建物と来て最後に、大人気を博した当時最先端のサービスについても紹介しておきましょう。まずは、料亭としてスタートした目黒雅叙園でしたが、それまで料亭といえば、上流階級だけが楽しむ場所でした。これからは大衆の時代がやってくると考えていた力蔵は、庶民の立場に立った工夫を施していきます。  例えば、料金を明記したお品書きです。従来の料亭は上流階級の顧客相手なので「品書き」といっても、今あるものをさらりと示す程度でした。そこで、利用しやすいように品書きに細かく料金を記載、従来の「心付け」も、「サービス料」として一律化します。また開業時には、5人以上の来店なら市内どこでも無料でタクシーがお迎えに行くサービスもスタートさせ、こちらも話題を呼びました。  次に着手したのが、元々力蔵の得意分野だった「風呂」です。1933年に園内にオープンした浴場施設「百人風呂」は、建物同様華美な設えが施されている上に、わざわざ温泉から湯を運んできて沸かし直す『再生温泉』でした。現在の都市型温泉やスーパー銭湯の元祖とも言える、この豪華な風呂と食事の組み合わせはたちまち風呂好きの江戸っ子の心を捉えました。

当時のカップルがみんな憧れた日本初の総合結婚式場

 そして、1937年に遂に登場したのが、冒頭で触れた日本初の総合結婚式場です。当時は挙式は神社や寺で、披露宴は料亭でといった、別々の場所で行う形式が一般的でしたが、それぞれが離れていると移動が大変で、特に雨の日などはせっかくの衣装が濡れてしまいました。  そこで、力蔵が考案したのが、園内に出雲大社から御霊を迎えた神殿を設営して挙式ができるようにし、料理はもちろん、数百の着物やかつら、モーニングなどの衣装を用意、写真室や美容室も併設した画期的な一気通貫のシステムでした。今でこそ一般的になったこのシステムですが、当時はまさに最先端で、目黒雅叙園で結婚式を挙げることに憧れるカップルが続出しました。  冒頭で太宰が300組と書いていますが、出来た翌年には1日に116組が披露宴を行った記録が残っているそうです。なお、少し古いですがこちらの資料によると、現在の日本の年間挙式数は約2,800事業所で350,000件となっており、1事業所あたりは年間で120件ほどになります。時代や規模が違うので単純比較は出来ませんが、当時の大人気振りが想像できますね。  ちなみに、その披露宴でもう一つ発案されたのが、今や中国料理と切っても切れない回る円卓です。招待客が料理を取りにくそうにしているのを見かねた力蔵が、久五郎と金物商の原安太郎に相談して作られたこちらは、少なくとも国内では初の逸品でした。

今の感覚なら、お台場とディズニーランドを足したような存在?

 こうして目黒雅叙園は完成するにつれ、料亭+宴会場+大浴場+旅館+総合結婚式場+美術館という一大テーマパークとなり「いま竜宮城」「デザイン・装飾の百貨店」と称される存在になりました。当時の絵葉書を見ると、その風景と謳い文句から往年のワクワク感が伝わってきます。  残念ながら、その後の戦争や前述した目黒川の拡張工事により、当時の施設の大部分は失われてしまいましたが、全面改装後もそのコンセプトは息づいていますので、是非『千と千尋の神隠し』に出てくる八百万の神様たちのように、たまには日常のあれこれから逃れて、非日常感に浸ってみるのも良いのではないでしょうか。 決算数字の留意事項 基本的に、当期純利益はその期の最終的な損益を、利益剰余金はその期までの累積黒字額or赤字額を示しています。ただし、当期純利益だけでは広告や設備等への投資状況や突発的な損益発生等の個別状況までは把握できないことがあります。また、利益剰余金に関しても、資本金に組み入れることも可能なので、それが少ないorマイナス=良くない状況、とはならないケースもありますので、企業の経営状況の判断基準の一つとしてご利用下さい。 【平野健児(ひらのけんじ)】 1980年京都生まれ、神戸大学文学部日本史科卒。新卒でWeb広告営業を経験後、Webを中心とした新規事業の立ち上げ請負業務で独立。WebサイトM&Aの『SiteStock』や無料家計簿アプリ『ReceReco』他、多数の新規事業の立ち上げ、運営に携わる。現在は株式会社Plainworksを創業、全国の企業情報(全上場企業3600社、非上場企業25000社以上の業績情報含む)を無料&会員登録不要で提供する、ビジネスマンや就活生向けのカジュアルな企業情報ダッシュボードアプリ『NOKIZAL(ノキザル)』を立ち上げ、運営中。 <写真/ptrktn
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