「サイバスロン」開催決定。技術者が描く障がいを超える技術とは

handiii

筋電義手「handiii」ほか最新義肢装具の登場に期待

 動力付き人工膝、着脱可能な人工腕、強化外骨格……。SFの話ではない。こうした最新のテクノロジーを搭載した高度な義肢や装具を着用した障がい者によるスポーツ大会「Cybathlon(サイバスロン)」が2016年スイスで開催されることになった。アスリート自身の運動能力はもちろん、企業や研究所が先端技術を集結させたどんな義肢装具を投入してくるのか、期待が高まっている。競技種目は、強化外骨格や電気刺激装置を用いた陸上競技、脳波を使ってコンピュータ上のアバターを操るレースなどがあり、パラリンピックと趣を異にしている。  近未来的な響きの種目名で注目を集めているが、各種目に関連する技術を開発している企業・研究所は、同大会についてどのように見ているのだろうか?

テクノロジーで「障がい」をなくしたい

 ロボット義足や途上国向けの安価な義足を研究・開発しているソニーコンピューターサイエンス研究所(ソニーCSL)アソシエイトリサーチャーの遠藤謙氏は「身体障がいという言葉を技術でなくしたい」と語っている。  この言葉の背景には、遠藤氏がかつて在籍していたMIT(マサチューセッツ工科大学)メディアラボのヒュー・ハー教授の「身体に障がいを持つ人なんていない。テクノロジーに障がいがあるだけだ」という言葉があるという。遠藤氏は、障がい者が抱えるハンディキャップを、テクノロジーがもっと進化することで克服を容易にすることを目指しているのだ。
遠藤謙 氏

遠藤謙 氏

「競技用義足は、身体性を拡張する可能性があります。義足のバネの特性を選手の体格や走り方に合わせて設計することができれば、健常者よりも速く走れる可能性があると思います。パラリンピックの記録は、近い将来オリンピックでの健常者の記録を超えるかもしれません。2016年のリオデジャネイロでは走り幅跳び、2020年の東京では短距離走で超えると予想しています」(遠藤氏)  2014年5月13日時点での障がい者競技における男子100m走の世界記録は、T43(両下腿切断)というカテゴリーで10秒57。2013年の大会でアラン・オリベイラ選手が更新した記録だ。一年前に11″33で走った選手が一年足らずで 0.8秒ほどの記録を更新したのだ。健常者の記録が1秒縮めるのに約100年かかっていることと比べると、驚異的な進化スピードである。しかし、まだ記録は伸びていく余地があるという。 「障がい者競技において、テクノロジーはまだまだ十分に介入できていないのが現状です。私は、テクノロジー側から記録の更新に貢献し、障がい者が健常者を上回るという事例をつくりたい。結果、社会の障がい者に対する見方が変わってくればと思っています。サイバスロンへの出場は未定ですが、自動車業界におけるF1のように、大会に向けて生まれた成果がプロダクトアウトしていけばよいと思っています」(遠藤氏)

3Dプリンタが可能にしたハイテク義肢装具の低価格化

 安全性、耐久性などが重視されるがゆえに高価になりがちな義肢装具だが、近年では従来とは異なる素材や製作方法によって、価格や見た目に変化が起きているという。その一つの要因が3Dプリンタだ。  筋電義手「handiii」は、モーター数を最小限に抑えつつ、3Dプリンタで造形することにより、材料費を3 万円以下にしたという義手。通常150万円以上するという節電義手に革命を起こす画期的なデザインには、世界的デザインアワード「ダイソンアワード」2位が贈られ、世界中の技術者、医療関係者から注目を集めている。  handiiiを手がけるexiii代表の近藤玄大氏は、サイバスロンへの参加について、「出たいと言う気持ちはありますが、まずは使えるものをつくることを目標にしています」とのことだが、大会自体への関心・期待は大きいという。 「障がい者スポーツは、パラリンピックの放送状況が象徴するように、健常者が行うスポーツの“障がい者版”と位置づけられがちですが、我々は一つの競技として純粋に面白いと感じています。五輪に付随する形ではなく『サイバスロン』という独立した祭典が催されることにより、障がい者スポーツに対する世の中の認識が変わることを期待しています。また、大会をとおして技術者同士が切磋琢磨し、それがゆくゆく競技用以外の技術改良にもつながればと思います」(近藤氏)  3本指のハンドが特徴的な電動義手「Finch」も、3Dプリンタによって、低価格かつ高い機能性とデザイン性を実現した義手だ。従来の義手は人間の5指を忠実に再現することに注力し、約1kgと重く、高いものだと500万円以上してしまうこともあった。そこで。あえて人間の手に似せないことで軽量・低コスト化を実現し、全重量は300g、材料費は5、6万円程度に抑えられたという。  Finchを手がける奈良先端科学技術大学院大学の吉川雅博助教は、「Finchのようなデザインの義手を日常的に使用していても、誰も気にしない、むしろカッコイイと思ってもらえるようになるのが理想です」と語っており、重量や価格以外にも、ボタン一つ操作すれば3秒程度でセンサーの調整が完了するといった利便性や、外観についても追究している。  サイバスロンへの参加については検討中だが、「人間の可能性に挑戦する場として誰もが楽しめるイベントになれば」と期待を寄せている。 <取材・文/林健太>