牛丼業界は構造改革まったなし――「なか卯」の決算から考える業態の未来

関西のうどんチェーンからスタートして牛丼で躍進

『丼ぶりと京風うどん』でおなじみの「なか卯」は1969年に大阪府茨木市駅前のビルの地下で、手作りうどん店として「なか卯茨木店」からスタートしています。この第一号店は2005年に閉店していますが、刻み葱や天かすも入れ放題で人気だったようです。  その後、1974年に初の牛丼店として大阪梅田地下街に「なか卯梅田店」を出店、当時の吉野家が中心となって牽引した急激な市場の拡大もあって「なか卯」は牛丼を武器に大きく事業を拡大することに成功しました。  加えて、牛丼といえば、ちょうどその少し後に大人気となる「キン肉マン」も人気の火付け役だったわけですが、作者のゆでたまご氏が参考にした牛丼も吉野家ではなく、なか卯でした。ただ、当時の吉野家のCMとアニメ内の牛丼音頭のイメージが強烈なので、吉野家もあながち間違いではなさそうですけど(笑)  ちなみに「なか卯」の社名の由来は、創業者の中野一夫氏の「なか」と「うどん」のうと同音の縁起文字「卯(干支のうさぎのように会社が跳躍するという意味も込められている)」を組み合わせて「なか卯」としたそうです。ただ、大阪には「うどんすき」で有名な「美々卯」もあるので、そこら辺の影響もあったのかもしれませんね。

牛丼業界の勢力図を塗り替えた「すき家」の「なか卯」買収

 こうして、うどん店から始まり、牛丼をフックに1989年には関東にも進出するなど、事業をさらに拡大、主要牛丼チェーンの一つとして、1999年にはジャスダックに上場を果たした「なか卯」でしたが、その後2002年の双日による子会社化を経て、2005年には同業の「すき家」を運営するゼンショーの子会社となっています。  業界4位だった「なか卯」を手に入れたことにより「吉野家」「松屋」に次ぐ3位だったゼンショー(すき家)は2位に躍進、2008年には単独でも吉野家を抜いて1位に躍り出ることになる同社の拡大路線の端緒ともなりました。そこで、「なか卯」の業績と併せて、下記の表にて現場の牛丼業界も見ておきましょう。 第46期決算公告 1月29日官報178頁より 売上高 297億4000万円(公式サイトより) 当期純利益 △5億7800万円 利益剰余金 400万円 過去の決算情報 詳しくはこちら http://nokizal.com/company/show/id/1579166#flst  ただ、「すき家」と同じグループになってからは被ることもあってか、躍進のきっかけとなった牛丼を止めたり復活させたりしている「なか卯」。しかも元を辿ればうどんチェーンで親子丼やカツ丼も人気メニュー、もはや実質的に牛丼業界では無さそうですが、せっかくなので入れておきます。
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利益構造のもろさは、もはや出口なし?
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