現代の開国なのか? 激動のキューバを行く

キューバ名物のクラシックカーが並ぶハバナの街

 2015年7月にアメリカと54年ぶりに国交を回復することが決まったキューバ。  カリブ海の真珠と呼ばれるこの国は、まだ「完全な国交正常化」までは長い道のりではあるが、激動の時代を迎えている。  変わりつつあるキューバはどうなっているのか? 現地からのリポートを2回にわたってお送りする。

「開国」すれど米国内からの直行便は週一回

 ハバナ国際空港に降り立つと、最初に起こった出来事は実に意外だった。 「日本の方ですか?」  入国手続きを済ませて空港のロビーに出ると、日本語でそう声をかけられたのだ。  キューバには一般住宅の部屋を宿泊所として貸している民宿「カーサ」が数多くあり、日本人旅行者向けに民宿を営んでいる現地在住の日本人もいる。社会主義国のキューバではかつては個人が経済活動をすることはできなかったが、今は個人が商店や宿を営み独立して収益を得ることが可能になっているという。カーサという看板を出している住宅は、街の至る所にあった。声をかけてきたのはお客さんを迎えに来た民宿の方だった。  ハバナには、東京からニューヨークにいったん飛び、飛行機を乗り継いでメキシコシティまで、さらにそこからハバナ行きの飛行機に乗り換えた。機上にいたのはトータル約21時間。成田を出てからハバナに到着するまでは約30時間を費やした。米国とキューバが国交正常化に向けて動きだしているとはいえ、米国内からキューバへの直行便はまだ週1便程度のチャーター機しかなく、ずいぶん遠回りをすることになった。  東西に約1225kmと細長く広がる「カリブ海の真珠」と呼ばれるこの国が、フロリダ半島までわずか145kmというすぐ隣にある米国と国交を断絶したのは1961年のことだ。オバマ大統領が2014年12月にキューバとの国交正常化に着手すると発表し、2015年7月には長く続いた経済制裁を解除するように議会に要請して正常化が前進した。それでもキューバ大使館の方によると「完全正常化までは長い道のり」だという。
公衆電話

市内には公衆電話がたくさんあり利用者が多い

 ハバナに行く前、覚悟したのはネット環境だ。キューバにはまだほとんどインターネットを利用できる環境がない。ネットがない時代も知っている世代ではあるが、仕事柄ほぼ一日中パソコンを開いてネットに接続し外出中も常にスマホをいじるという生活を何年も続けていると、それがどんなものかもはや想像することができなかった。  そしていざその環境に身を置いてみたときに気づいたのは、時間とはなんとゆったりと流れていくものなのかということだ。普段の日常の感覚で「もう昼過ぎかな」と思ったときに腕時計を見てまだ午前10時半だったときの感覚は、結構な衝撃だった。毎日、時間が駆け足で過ぎていくと常々ため息をついてきたが、それはトシのせいではなかったのだと妙な安心をする。  そしてもうひとつ、スマホというのは何も受信しなければほとんど電池が減らないということに改めて驚かされる。ハバナでもドコモの携帯はローミングができたが、所有しているスマホは米国の電話会社のものだったためローミングはもちろんできず、つなげるWI-FIもない。それでも朝に充電を100%にして持ち歩いていたが、夜になっても電池は20%も減っていなかった。最近、電池の減りがひと際早くなっていたスマホだったにもかかわらずだ。

個人商店や外資系ブランド店も増えた町並み

商店街の風景

 しかしネットもスマホもない日々は、思ったよりも違和感がなかった。ないならないで、気にならない。ネットの世界をすっかり忘れ、毎日、ハバナの街を歩き回った。  新市街から旧市街へ向かって歩いていると、住宅街が続いている。マンションや一戸建てよりもタウンハウスや低層階アパートの住居が多い。日本が冬季でもキューバは真夏の暑さで、特に蒸し暑い日はタウンハウスの住居の玄関扉を開け放している家が多かった。扉の外側に防犯用と思われる鉄の柵状の扉がついており、住宅街を歩いているとそれを通して家の中の様子が見える。ほとんどの家庭がテレビを中心にソファーが配置されており、それは昭和のお茶の間の風景と似ていた。  住宅街には小さな個人商店もたくさんあった。自宅の一部を改修してキューバ名物エスプレッソコーヒーの立ち飲み屋を営んでいる人も多い。街を歩く人たちのファッションは洗練されていた。ショッピングセンターなどではナイキやアディダスの専門店も見かける。

アメリカとの国交回復で景気回復を期待する人々

「でも、経済は良くないよ」  そう言ったのは、ニノと名乗る男性だった。若いころにレスリングの選手だったという彼は、小柄だが筋肉質の締まった体をしていた。以前はレストランで働いていたそうだが、今は年老いた父親と叔父の介護に追われる生活をしているという。 「アメリカと国交回復すれば、景気は良くなるはずさ。みんなそれを期待している」  ハバナの街で、米国による経済封鎖直後の極端な物不足の名残を感じることはあった。スーパーマーケットのような大型量販店はほとんど見当たらず、小型の日用雑貨食料品店が多かった。店の中に入ってみると、商品が少量ずつガラスのショーケースの中に入れられ、売られていた。石鹸や洗剤や米がショーケースの中にあるのだ。 「ただ国交正常化に賛成な人もいれば、もちろん反対の人もいる。半々だね」  そう言うニノ自身は賛成派だったが、しかしその一方ではフィデル・カストロ元国家評議会議長への憧憬の念も隠さなかった。ハバナの旧市街と新市街のちょうど中間にキューバ最古の歴史を誇るハバナ大学があるが、ニノはそこを案内してくれ「ここは、あのカストロ議長が学んだ大学だよ」と胸を張った。さらに街を歩くと、ひときわ背の高いビルが見え「街で一番高いあのビルは、病院だよ。キューバの医療は最先端なんだ」と、ニノはまた得意げな口ぶりで言った。キューバの国民は全員、無料で医療と教育を受けられるが、ハバナではそれを自慢げに語る人たちに何人も出会った。教育は、最初の9年間は義務教育、その後は高等教育を受けるか専門技術を習得するか本人の希望で選べるようになっているそうだが、希望すれば大学まで無料で教育を受けることができる。 「これ、何だかわかる?」  ニノは財布の中から顔写真付きのカードを出して見せてくれた。キューバ国民が全員持っているIDカードだという。写真は、目の前にいる本人と比べてそう若いようにも見えなかったので、カードはそれなりの頻度で更新されているのだろうことが想像できた。 <取材・文/水次祥子>
みずつぎしょうこ●ニューヨーク大学でジャーナリズムを学び、現在もニューヨークを拠点に取材執筆活動を行う。主な著書に『格下婚のススメ』(CCCメディアハウス)、『シンデレラは40歳。~アラフォー世代の結婚の選択~』(扶桑社文庫)、『野茂、イチローはメジャーで何を見たか』(アドレナライズ)など。(「水次祥子official site」) Twitter ID:@mizutsugi