知人に気軽に貸して焦げ付いた1万円を法的強制力をもって取り戻すには?
Q:忘年会で、職場の先輩から「持ち合わせがないから金を貸してくれ。すぐ返すから」と言われ1万円を貸した。でも、一向に返してもらえる気配がない。飲みの席だったので借用書も交わしてないし、後輩という立場で催促もしづらい。これってもしかして泣き寝入りするしかないの?(Sさん 東京都・33歳・IT系会社員)
大手相談掲示板で同様の質問を見てみると「貸したほうが悪い」という回答が圧倒的で、「金を貸す場合はあげたと思え」「勉強代だと思いましょう」といった泣き寝入り派も多い。「信頼関係が築けない人と付き合う必要はないから縁を切ってでも取り返しましょう」といった勇ましい回答も。泣き寝入りはしたくないが、さりとてモメるのも……。そこでお金にまつわるトラブルのプロである高崎俊弁護士に話を聞きつつ、解決策を探してみた。
【ステージ1:顔を合わせ頻繁に催促する】
返済されないケースで意外と多いのが「忘れている」パターン。相談掲示板にも「さんざん気を使って催促したら相手がすっかり忘れていたことが判明した」という回答もあった。まずは、相手に「××に△△円借りている」という事実を思い出してもらおう。遅くなるほど記憶は薄れる。催促自体がトラブルの引き金となる前に、「貸した」「借りた」という共通認識を持つところからスタートしたい。
次に「面と向かって催促することが大切」という回答も多数。だが、顔をつきあわせての催促となると、いかにも気が重い。相手が上司や先輩ならなおさらだ。
「相手がどんなタイプだとしても、きちんと催促するところから始めるしかないです。メールなど文面での催促はニュアンスが伝わりにくい。必要以上にドライに見える危険もあり、まずは控えた方が良いでしょう。決して高圧的になることなく、毎朝の『おはよう』のあいさつのごとく、さわやかに『お金、返してくださいね♪』と言い続けていく。相手が普通の神経の持ち主であれば、だいたいこれで返ってくるはずです」(高崎弁護士)
【ステージ2:お金が必要な切実に訴える】
借りた自覚があるのに、返金しない相手はかなりのツワモノ。粘り強い交渉が必要になる。だが、相談掲示板には「銀行に行く時間がなくて」「今厳しいけどもう少しで返すから」といった先延ばし系の言い訳をする相手も。なかには「スキミング被害に遭ったからカードの再発行まで待って」といった理由や「まだ大丈夫だろ!」と逆ギレする人までいるようだ。高崎弁護士は債権回収には気迫が必要だと話す。
「相手がどんな言い訳をしても決して折れてはいけません。粘り強く請求しましょう。貸し手の請求の真剣さを示すためには『期限を切る』必要もあるかもしれませんね。通常の債権回収では、内容証明郵便で請求の上、『◯日までに返済がない場合は法的手段をとらせていただきます』と締めます。今回は会社の先輩後輩の話ですからね、メールなどで「◯日までに返済がないと、上司に相談します」というくらいの期限の切り方が現実的でしょう
【ステージ3:法的手段】
ここまでやってもダメな場合、いよいよ最終ステージに進むことになる。「取り返すことが最優先」ならば法的手段も視野に入るのか。たとえば、裁判という大人のケンカの場ならば、どんなアプローチがあるのだろうか。
「金額だけで言うなら、1円でも法的手続を行うことはできます。60万円以下の請求となると『少額訴訟手続』か、『支払督促』という方法が適しているでしょう。どちらも簡易裁判所で行うことになります。」
これらは「法的にお金の返還を求める」手続きで、こうなると借り手も逃げ隠れできない。少額訴訟の場合も、支払督促も無視をしていると貸し手の請求が法的に認められることになる。どちらも「借り逃げ」を許さない制度なのだ。
「ただし、立証責任はあくまで貸し手側にあります。飲み会の口約束ですから相手にシラをきられると厄介です。借りたことを認めるメール等を証拠として事前に確保したり、賃借関係にあることを立証する証人が必要です」
「厄介」なのはそれだけではない。
「手続きを申し立てるための手間と費用が掛かります。少額訴訟であれば、まず訴状の提出が必要です。加えて、1万円の請求だと、手続費用1,000円、郵便切手約4,000円分を裁判所に納めます。この時点では自腹ですね。裁判は早くても2ヶ月はかかります。勝訴すると、貸した1万円+かかった裁判費用を取り戻すことができますが、自働的に戻ってくるわけではありません。先方に返す気がなければ、強制執行手続きをすることになります」
たとえば、会社の先輩が相手方だとすると、最終手段としては給料の差し押さえもできるという。つまり債権者である自分が、先輩の勤務する会社=自分の会社に「差押通知」を出すということなのだ。
「手続きは簡易裁判所の相談窓口でも教えてくれますし、詳しく解説しているWEBサイトもありますが、慣れていないと難しいでしょう。もちろん弁護士に依頼する手もありますが、当然ながら費用が掛かり完全に赤字になります。現実的じゃないですね。そもそも職場の先輩に対して法的手段を検討する局面まで来るということは、頭に血が上っている可能性が高い。『1万円のためにそこまで時間と費用をかけるのか」『今後の社会生活に及ぼす影響は」といった観点から、もう一度よく考えてほしい。社員から差押通知が来れば、会社の覚えも悪くなるかもしれませんし、同僚からドン引きされる可能性も高い。正直なところ、おすすめはできないです。実は私も前職は会社勤めで先輩に1万円貸してたんですが、あきらめました(笑)」
バカみたいな手間と費用がかかった上に、ヘタをすると社内の人望すら失いかねない。お金は貸すより回収する方がよっぽどつらく、面倒なのだ。少々気まずくても「断る勇気」が後々のモメごとを防ぐもっとも有効な手段であることを心得ておこう。<取材・文/谷 咲>
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